抗菌薬適正使用普及のためのグラム染色検査の実施とその結果を患者教育に活かす取組み
第1回 AMR対策普及啓発活動 厚生労働大臣賞治療アプローチを根底から変化させたグラム染色
グラム染色が先入観を正してくれた
グラム染色を臨床応用したことでどんなことがわかるようになりましたか?
稔彦氏 たとえば、こんな患者さんがいました。他院でアレルギーと診断されて薬を飲んでいたが一向に治らない。当院でもサラサラで透明の鼻汁が出ていたので、たぶん花粉症でしょう、と抗アレルギー薬を処方したがやはり治らない。そこでグラム染色してみたら、なんと肺炎球菌が出たのでペニシリンを10日間ほど処方すると、それでピタッと鼻汁がとまった。鼻汁の色では判断できないことを痛感しました。
図5左側の画像は症状が出てから7日目のグラム染色像ですが、鼻汁は真黄色でした。ところがこのグラム染色像では細菌をまったく認めません。こういうものを日常的に見ていると、分泌物に色が付いているからといって、必ずしも細菌が原因ではないと理解するようになります。
また、図5右側の画像には肺炎球菌が写っており貪食像もありますが、ほかに細菌は見えません。こういう時にペニシリンを処方した患者さんの治癒のスピードに目をみはることもしばしばです。感染症専門の先生は何をいまさらと言われるかもしれませんが、ペニシリン系は合う細菌にはもうびっくりするくらい効くということがよくわかりました。それまではセフェム系の方が幅広く有効なので良いという思い込みがありましたが、実際、耳鼻科では肺炎球菌が多いですし、それに対するペニシリンの効きは劇的です。染色で細菌の存在を把握しているので迷わず必要十分量を処方できるという点も良いのでしょう。ペニシリンショックが頭に浮かぶ先生も多いと思いますが、これまで皮疹の出る患者さんはたまにいても、ショックを起こした方はいませんでした。いまではペニシリン系を処方することに迷いはなく、むしろセフェム系を選択すると決めた時の方が用量などで神経を使うようになりましたね。
雅子氏 グラム染色は1mL当たり10の4~5乗個以上の細菌がいないと見えません。言い換えるとある程度以上に増えていたら見える検査です。グラム染色で見えないということは、普段元気に生活していて見た目が元気な子どもにとっては、今の段階では(もし細菌がいたとしても)、気にするほどの細菌数ではないことがほとんどです。そういった意味でも元気な子がたくさん受診しているような外来でのスクリーニングに有用だと思います。
グラム染色の結果を解釈する上で困ることはありますか。
雅子氏 導入当初は、複数の菌が出てくるとどれが起因菌かで考え込んでしまうこともありました。しかし、今ではグラム染色にも限界があるということを前提に検査結果を読むようになり、染色結果で悩むことは少なくなりました。検鏡する時は、まず患者さんの年齢、背景、検体の種類から予想される菌を探します。年齢ごとに多く見られる定着菌を報告した文献もありますし、同じ患者さんから前回出た菌種などの情報を総合して分析するようになりました。
そもそも開業耳鼻科でよく見られる細菌は10種類程度なので取り違える方が難しいくらいですし、予想外のものが見えたらそれは必ず医師に伝えます。そういう場合は何か特殊な事態が起きていることが多いので、よりいっそう解釈に注意するようになり、うっかり見落としていたことに気が付いたりもします。
稔彦氏 染色を始めたばかりの頃、咳の続く患者さんを基幹病院に紹介したことがありました。まだ染色結果を十分に読みこなせていない時期だったので、「何と推定することはできないが、こういう形のこういう染まり方をしており普通の肺炎とは違うようです。精査をお願いしたい」と喀痰のグラム染色の所見を細かく紹介状に記載したことがありました。するとその後、「この先生は院内でグラム染色をしている良い先生です。地元ではこの先生をかかりつけにしてください」と言われたと患者さんがわざわざ報告に来てくれたことがありました。
雅子氏 その患者さんは紹介先の病院で非結核性抗酸菌症と診断されたのですが、たとえ十分に読み切れなくても役に立つ場面もあること、また拙いグラム染色を評価してくれる先生がこの世にいることを実感するうれしい出来事でした。
稔彦氏 私も最初はグラム染色なんかして間違ったらどうするのとばかり思っていましたが、今ではたとえグラム染色の結果が間違っていたとしても、染色しないで抗菌薬を出すよりマシだと思いますし、染色せずに薬を出す方がよほど怖いですね。
雅子氏 ただ、患者さんがすでに抗菌薬を服用しているような場合は、今でも解釈に困ることがあります。細菌を確認できないのは、抗菌薬が効いているためか? それとも最初からいなかったのか? ということです。あと滅多に来ませんが、例えば、免疫抑制薬とともに予防抗菌薬も服用しているような患者さんから細菌が出た場合、どう対応すべきか悩むことはあります。
グラム染色を活用するなかで抗菌薬の処方量は大きく減少していった
グラム染色を行うようになってもっとも大きく変わったのはどういった点でしょうか。
稔彦氏 私の中の意識ですね。「病名」に対して抗菌薬を出していたのが、「細菌」に対して出すというように変わりました。それに伴い、処方の頻度や量、種類で大きな変化がありました(図6、7)。最大時は約3人に1人の割合で処方されていた抗菌薬の処方件数が、現在では25人に1人になりました。また頻用していたマクロライド系・セフェム系が激減。現在では処方されている抗菌薬の半分以上がペニシリン系です。そもそも抗菌薬を減らそうと思って始めた取り組みではなかったので驚きました。
図6 系統別抗菌薬の処方件数の推移(100人当たり)
雅子氏 2007年夏から患者さんに染色結果を見せ始めました。2008年に患者さんに染色像を見ることについてアンケートを取ってみました。そうしたら多くの患者さんが染色像を見たいと回答しており患者さんに受け入れられていると感じてほっとしたんです。うれしくて、その頃通っていた大学の薬学部の先生にその話をすると、どこかで発表したらと勧められました。でも発表するならデータをきちんと出した方が良い、もしかして抗菌薬の使用量が減ってない?と言われ、その時初めて調べてみたのがこの結果で本当に驚きました。その後も抗菌薬の使用量はずっとリバウンドしていません。医療者の考え方自体の変化が何よりも大きい要因なのだと思います。なお、院長が当初心配していたようなグラム染色による患者さんの減少はまったく起こらず、むしろ増えました。
貴院の診療のなかでグラム染色はどのような位置づけでしょうか? また、グラム染色の導入前後で患者さんの反応はどのように変化しましたか?
稔彦氏 始めた当初は染色して菌がいないことを根拠に抗菌薬の処方を1回待ってみるという使い方をしていましたが、今では出す/出さないは全身状態で判断し、出す時にどの抗菌薬を選択するか決めるためのツールという位置づけに変わってきています。ですから、当初はトレーニングの意味もあって全例にグラム染色を行っていたものが、今では1日に5~10件程度の実施に落ち着いています。あくまでも問診や診察を補助するものとして活用しています。
雅子氏 患者さんには、「飲んでも治らないのにこの抗菌薬は本当に必要ですか?」と言う人がいる一方で、「抗菌薬を出してほしい」という人も以前はいました。でもグラム染色を利用して丁寧に説明するうちに反応が変わってきました。現在、画像を使った説明をしたことのある保護者にインタビュー調査を実施して風邪や抗菌薬に対する意識の変化を探っています。保護者の言葉の中にはこんな発言がありました。
グラム染色画像の供覧を勧められた最初のころの気持ちとして
- 風邪くらいで調べるって何やろう?と思った
- 見せてもらえるの?って興味がありました
- 犯人(細菌)が映って見えたのはショッキングなことだった
- むやみやたらに抗菌薬はよくないって知識では知っていた。ただ、ここ以外はどこに行っても(抗菌薬が)出される・・・そんなときはじめて「これ(この細菌)だったらこの薬だね」って言われて「あっ!こんなやり方できるんや」って
また、最初は驚いていた保護者でも回数を重ねるにつれ変わっていくようです。
- 抗菌薬には種類があり、それぞれ効く菌と効きにくい菌などの区別があるとわかった
- 菌がいるからといってかならずしも抗菌薬が必要というわけではないとわかった
- よその病院で抗菌薬を処方されたときに「なぜ必要なのか?」を聞くようになった
- 抗生剤が出ないことにホッとする。むしろ良かったと思える。出たときは子どもの様子を注意深く見なくちゃという気になる
- 「見れるんや」という楽しみや安心感がある
他の医療機関とのエピソードをお話される方もいました。
- 患者から医師の処方には口出しができないので、病院によって方針が違うと混乱する
- ほかの施設でもグラム染色して欲しいと思う
- かかりつけの小児科の先生も抗菌薬を処方されないんです。その先生に説明されたことと同じ説明を耳鼻科で聞けて、小児科の先生に対する信頼が深まった
今でも新規の患者さんでは「え、抗菌薬って風邪に効かないのですか?」と言う人も多いし、総合感冒薬や熱さましと勘違いしているのか以前にもらった抗菌薬を自己判断で服用してから受診する人もいます。しかし当院で何度かグラム染色画像を実際に見ながら説明を聞いているうちに、保護者の意識も大きく変わることがわかりました。
小児患者のワクチン指導、特に肺炎球菌、インフルエンザ菌の説明でもグラム染色像を使うことがあります。そうすることで保護者の納得度合いが違うようですし、受診している子どもたちの記憶の中に、当院の取り組みが「原因菌があって抗菌薬を使っているんだ」というメッセージとして残ることも願っています。