列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

ソシアルネットワークで取り組む感染症危機管理活動

第1回 AMR対策普及啓発活動 文部科学大臣賞
2018年10月

AMRの脅威、その対応は容易ではない

密かに蔓延し感染拡大していく耐性菌

これまで活動をされてきた中で、活動の障壁となったこと、特に困難に感じられたことなどはありますか?

賀来氏 症状や死亡率の高さで話題になりやすいエボラ出血熱やMERS(マーズ。中東呼吸器症候群)の流行、新型インフルエンザの蔓延などに対しては、診療所や小規模な医療施設の先生方も関心が高いのですが、AMR対策については、耐性菌が“症状を含め確認することが難しい”ということが問題を難しくしていると感じています。
 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を例にとると、退院後も長い場合には800日程度、保菌状態が続くことが報告されています1)。何らかの症状を発症すれば発覚するものの、保菌に気づかないまま人に伝播してしまう可能性があるということは、大きな脅威だと思います。インフルエンザ予防には有効なワクチンがありますが、耐性菌にはそうしたものもありませんし、人との親和性の高い微生物なので体内に入ると定着する場合も多く、除菌しようとしても有効な薬もほとんどありません。そして、無症状の保菌者により密かに感染が拡大していくため、先生方が対応に苦慮する側面があるのではないかと感じています。

診療所やクリニックの先生方への啓発でとくに有効と感じられた手段はありましたか。

賀来氏 東北感染症危機管理ネットワークでは、感染症・感染対策相談窓口を東北大学病院内に開設しています(図9)。院内外問わず、さまざまな医療機関からの治療・予防全般の相談事に対応しており、電話・インターネットはもちろん直接出向いての対応も含め、様々な情報提供や支援を行っています。大学に敷居の高いイメージをもたれていた方も多かったようなのですが、相談窓口を開設したことで気軽に相談できるようになったと、非常に好評をいただいています。
 一般の方との相互理解も必要です。医師が処方した抗菌薬に対して疑問があっても、それを質問することに抵抗を感じる患者さんは少なくないのではないでしょうか。私も外来を受け持つ中で、患者さんは思っていることの一割も医師に言えていないのではないかと感じることが多々ありました。患者さんが質問するのに臆してしまうような状況は、変えていかなければなりませんし、患者さんは思っていることを、医師になかなか伝えることができないという側面があることを、私たちは認識する必要があります。

そうですね。患者さんも医療従事者も関係なく、社会全体のAMRに対するリテラシーが上がれば、自由に話せるようになるかもしれませんね。

賀来氏 そうなんです。ですから、そういう意味でソシアルネットワークは非常に重要だと考えています。東北大学はこうした取り組みの中では全国のモデルと言っていただくことも多いのですが、やるべきことはまだ残っていると思っています。

図9 感染症・感染対策相談窓口の開設-1 図9 感染症・感染対策相談窓口の開設-2
図9 感染症・感染対策相談窓口の開設
・治療・予防全般に対応・直接出向いての対応(インターネットによる対応)・様々な情報提供・支援
について、 院内・院外問わず受け付けている

地道な啓発が耐性菌制御につながっていく

長年の活動が実を結び、MRSA分離率は28%から18%にまで減少

こうした活動を通して得られた成果についてお聞きします。数値的に明らかな変化はありましたか?

賀来氏 かつて宮城県の医療施設で多発していた多剤耐性緑膿菌(MDRP)は、東北感染症危機管理ネットワークによるサーベイランスや各種講演会の開催に伴い、数値的にも明らかな減少を認めています(図10)。この成果は2010年に厚生労働省で開催された院内感染対策中央会議でも取り上げられました。2012年の診療報酬改定では感染防止対策加算1・2、感染対策地域連携加算が新設されましたが、私たちのこうした成果は、この加算を新設するエビデンスとしても用いられました。

MDRP以外の耐性菌の状況については、いかがでしょうか?

賀来氏 東北大学病院は、国が2020年までの達成を目指している、主な微生物の薬剤耐性目標率を、2016年時点で全てクリアしています(図11)。MRSAを例に挙げると、分離された黄色ブドウ球菌に占めるMRSAの割合は2007年には28%でしたが、2016年には18.4%まで低下しています(図12)。なお、2011年は分離件数が一時的に上昇したのですが、これは東日本大震災の影響と考えています。震災により、入院が増えた中にMRSA保菌者が含まれていたのではないかと推測しています。

図10 宮城県の医療施設における多剤耐性緑膿菌の検出率の推移
図10 宮城県の医療施設における多剤耐性緑膿菌の検出率の推移
図11 主な微生物の薬剤耐性率:2014年の現状/2020年の政府目標/2016年の東北大学病院の状況
図11 主な微生物の薬剤耐性率:
2014年の現状/2020年の政府目標/2016年の東北大学病院の状況
図12 東北大学病院におけるMRSA分離率の年次推移
図12 東北大学病院におけるMRSA分離率の年次推移

2年連続で文部科学大臣賞を受賞

こうした成果が評価され、昨年、東北大学は「第1回AMR対策普及啓発活動表彰」の文部科学大臣賞を受賞されましたが、受賞のご感想をお聞かせいただけますか。

賀来氏 東北感染症危機管理ネットワークによりAMR対策に取り組んできたことが成果を上げて、こうした形で評価されたということは非常に嬉しいことです。昨年のAMR対策普及啓発活動表彰に引き続き、本年は同ネットワークによる感染症予防関連知識の普及啓発活動に対し、科学技術分野の文部科学大臣表彰(科学技術賞)を頂きました(図13)。AMR制御の成果に続いて感染症予防全体の取り組みについても評価いただくこととなり、今まで取り組んできたことがようやく公にも理解していただけるようになったと、感慨深く感じています。

図13 「第1回AMR対策普及啓発活動表彰」の文部科学大臣賞(左)、文部科学大臣賞・科学技術賞(右)
図13 「第1回AMR対策普及啓発活動表彰」の文部科学大臣賞(左)、
文部科学大臣賞・科学技術賞(右)

こうした活動を、東北大学が中心となって行ってきたことの意義については、どう感じられていますか。

賀来氏 やはり東北大学が伝統ある大学として地域で位置付けられていることが、活動を円滑にしたように感じています。施設間の情報共有のための集会は東北地区の基幹病院18施設が集まるところから始まりました。18施設の院長がすみやかに集結できたのは、やはり東北大学が活動の中心であったことが関係していたのではないかと考えています。今では、こうした東北大学の取り組みは、地域のソシアルネットワークで取り組む感染症危機管理活動における一つのモデルとして、厚生労働省からも評価いただいています。
 こうした活動を行う際は、孤軍奮闘にならないことが重要です。東北地区では東北大学が中心となって活動してきましたが、大学の多い都市部などでは、関係する学会が中心的役割を担うのが良いかもしれません。学会が中心となって、大学、地方行政や政府などを巻き込み、広く複数の組織と連携しながら活動するのが良いのではないでしょうか。

さらなるAMR制御のために、より活動の輪を広げて

感染症対策や手洗いを“文化”として広めたい

今後の展望や、今後さらに取り組んでいきたい事業などがありましたら、お話ください。

賀来氏 今後さらに総合的なAMR対策、感染症対策を目指すには、人工知能(AI)やITの利用が必要なのではないかと考えています。WEBサイトやフェイスブック、Twitter、AIを活用し、メディアとも協力して、さらに広く啓発活動を行っていきたいと考えています。これまではおもに宮城県、東北地域を中心としたソシアルネットワークを構築していましたが、今後はさらに総合的な感染対策が必要だと考えています。
 最近では、週に1回、正確かつリアルタイムな感染症疫学情報を医療従事者にメール配信し、情報提供する試みを始めたところです。WHOや国の機関ではこれまでにも行われていたことですが、外向けに情報発信するようにしたのが画期的なところで、現在400名程度の医療関係者に配信しています。感染症やAMRに関する論文やメディア情報等、日本含め世界の情報を配信しています。またこれまでは地域内で行ってきたキッズ感染症セミナーを、他の地域でも開催したいと考えています。さらには子供だけではなく、一般の方も対象にしたり高齢者施設でも開催したりして、感染症対策や手洗いをいわゆる“文化”として広めていきたいと考えています。
 グローバル化した社会の中で耐性菌を制御することは非常に困難です。これまでの活動により一定の成果を上げることはできていますが、現在の成果を維持していくためには、これからも継続的に取り組んでいく必要があります。また、日本では比較的耐性菌が制御されつつありますが、アジア諸国などでは驚異的な速さで広がっています。そうした中ではアジアのネットワークの構築やWHOの協力のもとに世界的なネットワークを形成するなどして、問題に取り組んでいけないだろうかと考えています。まだまだやるべきことは、たくさん残っていますね。

これまでのお話から、ソシアルネットワークによるAMR対策、感染症対策の重要性が認識されますが、こうした取り組みを他の地域でも行っていく際のアドバイスなどがあればお願いします。

賀来氏 こうした活動を行う際は、最終的には「ヒューマンネットワークをどれだけしっかりと形作れるか」というところが一番重要ではないかと考えています。専門家はできるだけ分かりやすく説明し、まずは患者さんが臆せずに質問できる関係性をつくる。また、医療機関同士では規模にかかわらずフラットな人間関係を形成し、行政とも緊密な関係性を構築する、そのような“人間関係”を形成できたらそれは良いネットワークになると思います。お互いに「連携して、信頼して、協力して」という関係性を持ったソシアルネットワークが、AMR対策、感染症対策にはとくに必要だといえます。
 あとは、継続することです。私たちもたゆまず諦めず何年も何度も取り組んでようやくこの成果を出すことができました。地域の耐性菌の割合低下などをお見せすると協力してくださった先生方もものすごく喜んでくださいます。みんなで一丸となってやってきたことがこのように実を結び、成功事例につながっていくのだと考えています。

(このインタビューは2018年9月12日に行いました)

参考文献

  1. Scanvic A et al. Clin Infect Dis. 2001;32(10):1393-8.

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