都内表層水の薬剤耐性菌の調査と薬剤耐性菌についての知識の普及活動
第2回AMR対策普及啓発活動 文部科学大臣賞薬剤耐性菌の環境への広がりは予想以上。
人の健康への「リスク評価法」の確立が、今後の課題
臨床で使用された抗菌薬が、人や動物から環境へ
調査された結果、どのようなことが分かりましたか?
西川氏 今回、多くの調査地点からSAM20、CLR15の耐性菌が検出されました。同剤とも抗菌スペクトラムが広く、臨床で使用頻度が高い薬剤です。さらに日本での発売は、アンピシリンが1965年、アンピシリンとスルバクタムの合剤は1994年、クラリスロマイシンは1991年と、いずれも長期間使われています。
環境中の薬剤耐性についてはさまざまな議論があります。人が薬剤を使用する前から薬剤に対して自然耐性がある菌の存在も報告されています。しかし、今回の研究で、長期間広く臨床で使われてきた薬剤に対する耐性菌が多くの調査地点で検出されたことに加え、東京への人口集中による表層水への環境負荷が極めて高いことを考えると、人為的な汚染の影響も考えるべきではないかと思います。
また、環境中の薬剤耐性菌の広がりは予想以上でした。市民が気軽にアクセスできる公園の池や河川に存在する薬剤耐性菌が、我々の健康にどのような影響を与えるのかを評価するためには、今後も継続して調査を行い、データを積み重ねていく必要があると考えています。
環境中に薬剤耐性菌が生じる一番の原因はなんでしょうか。
西川氏 自然耐性の部分もあると思いますが、人の抗菌薬の使用も重要な原因の一つになっていると思います。抗菌薬の使用量は、動物が6割、人が3割、その他が1割といわれ、動物への使用が少なくありません(図1)。特に畜産現場では、感染症の治療や予防目的だけでなく、成長促進剤として飼料の添加物に多く使用されています。治療目的で使用されるよりも低用量ですが、長期間投与されます。動物の腸管で腸内細菌の薬剤選択が生じていることが推定されます。
また、投与された薬剤のすべてが人や動物の体内で吸収、分解されるわけではなく、吸収されなかった残りは体外に排泄され、汚水に流入します。しかし、通常の汚水処理工程では現在のところ、抗菌薬をターゲットにして処理することはできません。そのため、濃度は低いですが、河川や海に流入します。特に、抗菌薬を多く消費している病院などの施設では、抗菌薬の排水への流入が確認されています。さらに、間違った廃棄方法により、抗菌薬が環境水へ流入する場合があります。飲み残しの抗菌薬をトイレに流しているという例を聞いた事がありますが、このような廃棄方法は間違っており、下水に流さない廃棄を徹底する必要があります。
薬剤耐性菌が動物や人から環境中に移行することも考えられますか。
西川氏 海外では、院内感染菌と同じクローンをもつ耐性菌が都市河川から検出されたという報告があります。病院から環境水への流入が懸念されます。 また、家畜の糞便から多くの薬剤耐性菌が確認されています。家畜の糞便が乾いて風に舞い、大気の循環によって地球規模で拡散していることが懸念されます。薬剤耐性遺伝子が、人の活動の影響があまりないと考えられる北極や南極、ネパール・ヒマラヤなどの高地の表層雪から検出されているからです。
人や動物から環境中へ移行した薬剤耐性菌は、腸内細菌と呼ばれるものが多いので、環境中ではすぐに死滅してしまうだろうと指摘する方がいますが、調査するとこれらの細菌も環境水から検出されています。薬剤耐性菌が持っている薬剤耐性遺伝子は、同一種内だけではなく種を超えて他菌種へ薬剤耐性を伝える、水平伝播が可能です。環境中へ移行した薬剤耐性菌が、多種多様な環境菌へ薬剤耐性遺伝子を水平伝播しているのか、薬剤耐性能にどの程度インパクトを与えているのかなど、そのメカニズムには不明な点がたくさん残されています。この点については現在、各国でさまざまな研究調査が熱心に行われています。詳細な結果が待たれます。
今後、どのような対策が必要でしょうか。
西川氏 現状を明確にするために、さらに調査が必要だと考えます。環境中の薬剤耐性については、まだまだ調査数が少なく、すべてが明らかになっているわけではありません。都市河川では、環境水中の薬剤耐性汚染が予想外に進んでいることが明確になりつつありますが、最も重要な点は、環境中の薬剤耐性菌が人の健康に与えるリスクを科学的なデータを用い、正しく評価することです。そのためには、詳細なフィールド調査やモニタリングデータを蓄積することが必須になります。今後、これらの結果から評価の指標となる「指標菌」があれば、ぜひそれを見つけたいと思っています。
今後期待される環境水への流入対策としては、①易分解性抗菌薬の創薬、②汚水に排出された抗菌薬や薬剤耐性菌を安価に確実に処理できる水処理技術の開発、などが考えられます。同時に、行政府による「薬剤の排出基準値の目安の公表」など、社会的側面からの対策も重要だと思います。
まずは、薬剤耐性の正しい知識と、抗菌薬の適正使用を
私たちのできることはなんでしょうか。
西川氏 まずは薬剤耐性菌の問題を知ってほしいと思います。そして抗菌薬の適正使用に努めていただくことです。風邪やインフルエンザの場合、抗菌薬は効きません。どのような場合に抗菌薬が必要なのかも知っていただきたいです。適正使用の実践こそが最も大切な対策だと思います。
さらに、薬剤耐性菌が環境中に存在している問題も知っていただき、もしも家庭で余ったお薬があった場合、環境に負荷をかけない廃棄を徹底していただきたい。迷った時には、薬局や医療機関に相談してほしいです。今は余ったお薬を回収してくれる薬局もあります。間違っても、トイレに流したりしてはいけません。
西川ゼミの今後の取り組みを教えてください。
西川氏 現在までにフィールド調査地点も50カ所を超えていますが、今後も身近な河川や池などの薬剤耐性菌について調査を続けていきます。本学では2003年よりFaculty Linkage Program(FLP)という、学部の枠を超えた教育システムをスタートさせて、5つのプログラムを開設しています。当ゼミはそのうちの一つ「環境・社会・ガバナンス」プログラムです。法学部や商学部、経済学部など複数の学部の学生が参加しており、環境中の薬剤耐性菌についてもフィールド調査のほかに、さまざまな視点から検討しています。
例えば、抗菌薬の適正使用を啓発するにはどのようなPR方法が効果的かを検討した学生や、医師会が抗菌薬適正使用のためにどのような啓発活動を行っているかを調査した学生もいます。今後も学生にはいろいろな切り口で研究を行ってもらいたいと思います。
研究結果は、学会発表のほか、一般の方向けに学園祭でも発表を行っています。「薬剤耐性菌は病院だけの話かと思っていたので、身近な問題だと知り驚いた」「処方された抗菌薬は残さず飲み切ろうと思う」などの感想をいただき、とても好評でした。環境中の薬剤耐性菌の問題は、認知度が低いので、今後もゼミ生と共にどんどん情報発信をして皆さんに知っていただきたいと思っています。
最後に、一言メッセージをお願いします。
西川氏 日本でも2016年から厚生労働省が中心となって、薬剤耐性(AMR)対策アクションプランが実施されています。ワンヘルスという概念のもと、人、動物、環境の相互関係性を理解し、対策を行うことが急務です。今後、世界中に拡散している薬剤耐性菌をどのようにコントロールしていくのかは、我々がいま対応しなくてはならない大きな課題のひとつではないでしょうか。
『知の回廊』 第112回「都市河川・湖沼の抗生物質汚染の拡大と耐性菌の出現」YouTube版
中央大学がケーブルテレビ局と共同で制作する教養番組『知の回廊』でも、西川先生のご活動が紹介され、河川や湖沼における薬剤耐性菌の問題が提起されました。