列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

ペットの臨床現場でAMR対策の普及啓発を推進

第3回AMR対策普及啓発活動 「薬剤耐性へらそう!」応援大使賞

2020年7月

獣医師の多くはペット用抗菌薬を優先的に使用

問題はペット用抗菌薬の不適切な使い方

ペットの感染症では、ヒト用の抗菌薬も使われていると聞きました。

村田氏 その通りです。ペット用に開発・承認された抗菌薬は約10種類で、大動物用を含めても20種類ぐらいと限られています。ヒト用抗菌薬に比べ、価格も高いです。そのため原因菌に有効なペット用抗菌薬がない場合、あるいは費用を抑える目的などで、ヒト用抗菌薬も使われています。

ヒト用抗菌薬はかなりの割合で使われているのですか。

村田氏 以前は、ペットに使われている抗菌薬の9割以上がヒト用抗菌薬ではないかといわれていました。しかし農林水産省が2016年に行った調査2)によれば、全国のペット診療施設に販売された抗菌薬のうち、ヒト用抗菌薬が占める割合は45.4%でした。また、日本獣医師会が使用量ベースで抗菌薬の使用実態を把握するために行った調査3)では、2017年4月~2018年3月の1年間に使用されたヒト用抗菌薬の割合は約62%でした。

予想より低かったということですか。

村田氏 はい。基本的に多くの獣医師はヒト用抗菌薬を多用せず、ペット用抗菌薬がある場合はそちらを優先的に使用していることがわかりました。やはりペットにおける耐性菌出現は、ヒト用抗菌薬よりもペット用抗菌薬の不適切な使い方、すなわち薬剤感受性試験を行わず初回から広域抗菌薬や長時間作用型抗菌薬を使ってしまうことが原因と考えられます。
 また先ほどの日本獣医師会の調査によれば、使用抗菌薬のうち最も割合が高かったのは第1世代セファロスポリン系薬で45%、次いでペニシリン系が37%、フルオロキノロン系が9%でした。こうした結果を見ても、獣医師の多くがここ10年でAMR対策を意識し、フルオロキノロンや第3世代セファロスポリン系などよりも、ペニシリン系や第1世代セファロスポリン系薬を使うようになってきたことがわかります。薬剤耐性菌はその施設に住みついてしまうので、「同じ菌に対して同じ薬を使い、いつも効かない」ということが起こってきます。それを防がなくてはいけないという意識も出てきていると感じます。

ペットでは初となる「抗菌薬の慎重使用の手引き」

先生は農林水産省ワーキンググループの委員として、「愛玩動物における抗菌薬の慎重使用の手引き―2020―」の作成にも携わっておられましたね。

村田氏 はい。本手引きは、抗菌薬の不適切な使い方による薬剤耐性菌増加という事態を避けるために、抗菌薬使用の要・不要をどう判断するか、抗菌薬をどのように選択するか、その考え方を示したものです。手引きではAMR対策に有用な検査法、院内感染対策、アンチバイオグラム(ある施設で検出された細菌に対し、抗菌薬がどれぐらい効きやすいか・効きにくいか、その割合を一覧で示したもの)などについても紹介しています。大動物の治療マニュアルは動物用抗菌薬研究会が作成したものがありますが、ペットでは今回が初めてです。ちなみに、VICAでも感染症ガイドラインを作成中で、数年のうちには公開したいと考えています。内科の臨床現場で感染症を診ている獣医師が作るガイドラインということで、もう少し臨床寄りの、見ただけですぐ使える内容になる予定です。

「愛玩動物における抗菌薬の慎重使用の手引き―2020―」
「愛玩動物における抗菌薬の慎重使用の手引き―2020―」

抗菌薬の使用制限により薬剤耐性率が低下

ペットの感染症が疑われた場合、どのような手順で診断・治療を行えばよいのでしょうか。

村田氏 VICAでは、図の指針に基づいて感染症や敗血症の診断・治療を行うことを推奨しています。すなわち、グラム染色でターゲットとなる菌を絞り、エンピリック治療(経験的治療)により予想される原因菌に適切な抗菌薬を投与します。そして薬剤感受性試験の結果に基づいてデフィニティブ治療(標的治療)を決定し、特定された原因菌に感受性をもつ抗菌薬を投与する、というものです。第1選択薬はペニシリン系や第1世代セファロスポリン系薬を用い、必要なければ広域抗菌薬や長時間作用型抗菌薬の使用は控えます。ただし重症感染症など緊急を要する場合は、広域抗菌薬から投与開始し、その後検査結果をふまえて狭域抗菌薬に切り替えます。これをde-escalation(デエスカレーション)といいます。こうした手順に則って治療を行えば、耐性菌の出現を防ぐことが可能です。

むらた動物病院の
感染症治療フローチャート

抗菌薬の慎重使用は、実際どれぐらいAMR抑制につながるのでしょうか。

村田氏 VICAの会員が、自施設において抗菌薬の使用制限を試験的に導入し、アンチバイオグラムでの薬剤耐性率を下げることに成功しています。同施設では、2016年からフルオロキノロン系や第3世代セファロスポリン系薬の使用制限を導入し、ペニシリン系や第1世代セファロスポリン系薬で済むものは第1世代から使う、複数の抗菌薬を組み合わせることで抗菌スペクトラムをカバーする、といった使い方を実践しました。その結果、MRSPは導入前(2015年)の41.5%から導入後(2018年)は9.3%に、またESBL産生大腸菌は29.5%から9.5%に減少しました(グラフ1・2)。1施設における実験的取り組みではありますが、抗菌薬の慎重使用によって薬剤耐性菌は減らせることが示されたと考えています。この結果はVICAのAMRワーキンググループとして論文にまとめ、日本感染症学会の英文誌に掲載されました。

グラフ1:薬剤感受性率から抗菌薬適正使用によるメチシリン耐性ブドウ球菌(MRSP)減少率
グラフ1
グラフ2:薬剤感受性率から抗菌薬適正使用による大腸菌ESBL減少率
グラフ2

Kurita G, et al: J Infect Chemother 25: 531-536, 2019

薬剤耐性率10%をめざして

VICAではこのほかにどのようなAMR対策の普及啓発活動を行っていますか。

村田氏 グラム染色や薬剤感受性試験の標準化、周術期などの予防的抗菌薬はまずペニシリン系や第1世代セファロスポリン系薬を短期使用することの重要性に関する啓蒙などに取り組んでいます。また動物看護師向けに、感染症と衛生学の教科書を作成しているところです。一般市民に向けては、市民公開講座などでペットのAMR対策についてお話ししています。ちなみにVICAの症例検討会は、希望すれば医療従事者でなくても聴講することができます。

ペットの場合、検査も人員やコストの問題が考えられますね。

村田氏 薬剤感受性試験は費用が高く、飼い主の負担につながるため、なかなか出しにくいということがあります。検査会社によっては結果が出るまで時間がかかる点も問題で、簡易キットを使って院内で調べる先生もいますが、誤った結果が出るリスクがあります。ただ感染症に力を入れている先生方は、毎日のように薬剤感受性試験を提出しており、当院も1日に2~3件は出しています。検査体制が確立し件数が増えればコストダウンも可能で、検査がさらに普及することで、そうした方向に変わっていけばいいと考えています。

今後の取り組みについて教えてください。

村田氏 現在力を入れているのは、ペットにおける溶血性連鎖球菌感染症です。どんな症状が出るのか、検査や治療はどうすべきか、これからまとめていく予定です。またペットの敗血症については、どのような菌がどんな症状を起こすのか世界的にまったくデータが出ておらず、われわれが出していくつもりです。敗血症については治療ガイドラインも出ていないので、早急に作成したいと考えています。これからはAMRと敗血症が、VICAのメインテーマになっていくのではないかと考えています。

AMR対策に関して、これからの目標はありますか。

村田氏 先生方の意識もかなり変わってきましたが、「便利が一番」の傾向は根強く、まだまだ無駄な使い方がみられます。先ほどVICAの会員施設で薬剤耐性菌の割合が10%まで下がった例をご紹介しましたが、世の中全体で同じように10%まで下がることが目標です。

最後に、今回受賞した感想をお聞かせください。

村田氏 VICAのような小さな会が賞をいただいたことは、会員の励みになり、今後の活動へのやる気にもつながりました。受賞がきっかけで、各地方獣医師会などから会員に対する講演依頼も増えています。将来的に学会設立をめざしています。
 国によるAMR対策は現在、内閣官房、厚生労働省、農林水産省、環境省それぞれに行われています。VICAとしても積極的に協力させていただき、ペットにおける薬剤耐性菌の減少に取り組んでいきたいと考えています。VICAではペットクリニックにおいても自院のアンチバイオグラムを作成し、抗菌薬選択に活用することを推奨してきました。今後こうしたデータがまとまれば、地域間での共有も可能になります。ペットのAMR対策は、これから様々な取り組みが始まっていくと思います。

(このインタビューは2020年5月14日にオンラインで行いました)

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