休日夜間急患センターで小児の経口抗菌薬適正使用を推進
第3回AMR対策普及啓発活動 厚生労働大臣賞
急患センターから変える・変わる、地域のAMR対策
第3世代セファロスポリン系の使用が半減、不必要処方も大きく減少
介入によってどのような成果がありましたか。
笠井氏 まず神戸ですが、1年間の介入で全経口抗菌薬の処方数が15%減少しました。また、全経口抗菌薬に占める第3世代セファロスポリン系抗菌薬セフジトレン(メイアクト®)の処方数が52%減少し、代わりにペニシリン系が29%増えました。さらに、セフジトレンの不必要処方割合が65%から40%と、介入により有意差をもって減少しました。セフジトレンは最終的には月に数件程度まで減り、ほとんど使われなくなったため、2020年度からは採用中止になっています。
神戸急病センターにおける抗菌薬の種類別処方割合の変化(介入期間:2018年10月~2019年9月)
神戸急病センターにおける第3世代セファロスポリン系の不必要処方割合の変化(介入期間:2018年10月~2019年9月)
姫路はいかがですか。
笠井氏 小児科は普通の風邪(急性気道感染症)で受診する患者さんが最も多く、その場合抗菌薬は出さなくても大丈夫なケースがほとんどです。急性気道感染症に対する処方を介入前後で見ると、抗菌薬全体でも第3世代セファロスポリン系でも処方割合は大きく減っていました。風邪に抗菌薬は必要ないと気づいてもらえたこと、それが大幅な減少につながったことが、1つ大きい成果と考えています。
姫路急病センターにおける小児への抗菌薬処方割合(全診療科、急性気道感染症)の変化(介入期間:2018年10月~2019年9月)
取り組みにより出務医師の意識に変化
活動ははじめからスムーズにいったのですか。
宍戸氏 最初は「モニタリングは必要ない」という声もあり、研究の意義を理解していただくところからのスタートでした。また神戸の場合、顔を合わせての活動ではないので、実際に先生方がどのように感じているのか、反応がわからない中でやっていたところがありました。
先生方の反応を知る機会はありましたか。
宍戸氏 昨年、1年間にわたる抗菌薬処方動向調査が終了した後で、出務医師の先生方にアンケートを行いました。返信率は60%で、約3割の先生が「取り組みにより処方内容に変化があった」と回答していました。また、コメント欄では「AMR対策を続けてほしい」「数字化のモニタリングはすばらしい」「出務のたびに見るニュースレターは意識改革につながる」など、好意的なご意見を多くいただきました。不必要処方が減っていることは数のうえでは把握していましたが、こうした生の声を聞いてホッとしました。
明神先生は対面でのフィードバックを担当されて、いかがでしたか。
明神氏 初回はまったく温度感がわからない中でのフィードバックで非常に緊張しましたが、フロアから温かい声をいただき感激したのを覚えています。出務医師は現場では一人で対応するので、センター全体で抗菌薬がどれぐらい使われているのか、どんな病名に処方されているのかはわかりません。先生方も「誰かが手を上げて、地域全体で抗菌薬の使い方を変えていかなければ」と感じていたようで、そこに我々が切り込んだことにとても感謝されました。
フィードバックの際に気をつけたことはありますか。
明神氏 先生方の顔を見ながらという部分を大切に、話の仕方には毎回気をつけました。当時センターから患者さんを送ってもらう後送病院に勤務していたのですが、後から見て「これは不必要な処方だ」と言うのは簡単です。なるべく一方通行にならないよう、今の状況を伝えつつ先生方にも意見を出していただき、一緒に考えて変えていくという、インタラクティブなやり取りを心がけました。
先生方の変化などは感じましたか。
明神氏 最初から歓迎はしていただいたのですが、フィードバックをくり返す中で「自分はなるべく考えて出すようにしているけれど、後送病院の若い先生は簡単に抗菌薬を処方するよね」といった、先生方の本音も見えてきました。センターだけでなく地域全体で我々に期待する思いを知ったことで、私自身も職場の同僚医師にフィードバックをくり返すようになりました。研修が終わりチームを離れる時には「病院の先生方があまり出さなくなったね」といった前向きな言葉もいただき、地域全体での意識変革に貢献できたのではないかと思っています。
さらなる適正使用に向けて第2期の活動が進行中
現在の取り組みについて教えてください。
笠井氏 厚労科研宮入班2017₋19が昨年終了し、我々も第1期の取り組みにいったん区切りをつけました。今年度から厚労科研宮入班2020₋22が始まったのにともない、神戸・姫路とも新しく後期研修医の先生方をメンバーに迎え、第2期の活動を始めています。
神戸に関しては、3つ新しいことを考えました。まず抗菌薬の処方動向調査ですが、セフジトレンに代わってアモキシシリン(広域ペニシリン系)、セファレキシン(第1世代セファロスポリン系)、クラリスロマイシン(マクロライド系)の3剤について、モニタリングとフィーバックを行っています。フィードバッグについては、アンケートで「不適切処方という言い方はきつい」という意見があったため、「不適切処方」ではなく「適切処方」の割合を報告することにしました。現在、4名のチームで月1回ミーティングを行い、AMR NEWSを発行しています。
神戸こども初期急病センターの第2期メンバー(オンラインミーティングにて)
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左上:福田明子氏 神戸市立医療センター中央市民病院小児科 医師
左下:木村 誠氏 神戸こども初期急病センター 薬剤師
右上(左):大竹正悟氏 兵庫県立こども病院 感染症内科 医師
右上(右):藪下弘樹氏 兵庫県立こども病院 感染症内科 医師
右下:笠井正志氏
2つめはどのような取り組みですか。
笠井氏 抗菌薬処方マニュアル「GRAT」を作成し、センターの診察室に置きました。アンケートの「マニュアルがほしい」という声に応えたもので、内容はひめマニュを踏襲しています。
3つめはまだ調整中ですが、保健所を中心に神戸市の行政を巻き込んだ情報公開・広報・市民教育を考えています。情報公開・広報については、神戸市が感染症の発生状況を独自に収集・公表しているホームページ「神戸市感染症統合情報システム」に、「急病センターにおける毎月の抗菌薬処方動向」も載せてもらう方向で動いています。AMR NEWSは紙ベースで、出務医師がセンターに来た時しか見られないため、教育波及効果が少ない・遅いという課題がありました。ホームページで公表すれば、他の市町村が何かアクションを起こしたいと思った時にも参考にしてもらえます。このように、行政を巻き込んで地域における処方動向や取り組みを公開することは、One Healthという観点からも望ましいと考えられ、まずは過去のデータから上げていく予定です。
一般市民に対する教育はどのような活動を考えているのですか。
笠井氏 市民教育の最終的なゴールは、保護者が医師に「なぜ抗菌薬が必要なのですか?」と聞けるぐらいのレベルまでリテラシーを上げることが目標です。具体的には、①神戸市主催の新生児1カ月検診の際に抗菌薬適正使用のリーフレットを保健師から渡す、②4カ月検診時に①に関するアンケートを行い、可能であればフィードバックも行う、という取り組みを考えています。「子どもに薬を飲ませるのはどうなんだろう」と一番気にしている若い親世代に、早い段階で「抗菌薬はこういう場合に使うものだ」と意識づけすることは、長い目で見ていい方向につながるのではないかと思います。
姫路についてはいかがですか。
笠井氏 抗菌薬の処方動向調査は引き続き行っていきます。そのほか今提案しているのは、耳鼻咽喉科の処方動向についてのモニタリングです。耳鼻咽喉科は同じ中耳炎でも重症例が対象となり、抗菌薬の処方割合も高い傾向にあります。重症度に合わせた処方をしているかなどを評価し定期的にフィードバックすることで、意識や行動の変容にどれぐらいつながるか、これから調べていきたいと考えています。
今種を蒔くことが未来のHAPPYにつながる
最後に、今回受賞した感想をお聞かせください。
明神氏 駄目で元々のつもりで応募したので、受賞には非常に驚きました。その一方で、姫路の先生方にご尽力いただき一丸となって取り組んできたので、先生方にいい報告ができ、それが一番嬉しかったです。
宍戸氏 研修医として救急などで診療にあたり、不必要な抗菌薬に対する疑問をずっと持っていた時に笠井先生と出会い、チームに加わりました。最初は見切り発車で始め、「本当に変えられるのかな」という思いもありました。しかし、実際に処方が徐々に減っていったり、アンケートではベテラン開業医とおぼしき先生から「今の若い世代が抗菌薬は使わないと勉強しているなら、僕たちも勉強します」という声をいただいたりしました。疑問に思ったら行動する・伝えることで相手にも響くし状況も変わっていく、そのことをリアルタイムに経験でき、参加させてもらって本当によかったと感じています。現在はメンバーからは外れましたが、これからも協力できたらと思っています。
笠井氏 何ごとも行動してみないとわからないと思いました。アカデミックという意味ではシンプルで地味な研究ですが、ヒューマンスケール(人間的・身体的尺度)で誰にでも理解しやすく、人間が絡む認知や心理学、行動経済学に近い内容になっていると思います。わずか3人という最小メンバーで始めた研究でしたが、目のつけどころとアイデアと発展性があればこのような賞までいただけるという希望を与えられたのではないかと思います。そしてそれは、プライマリケアにおける希望でもあります。我々小児科医は子どもたちのため、未来のために働こうと思っています。未来に対して今種を蒔くことで、プライマリケアはもちろん、最先端の日本の医療をも支えていけるのではないかという自負があります。自分が医師になった時、AMR対策を訴える人は誰もいませんでした。それがやっと評価されるようになってきた。今回の受賞を機に、地域における小児の抗菌薬適正使用がより進んでいけばいいと思いますし、我々もより一層努力していきたいと考えています。
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中央:明神翔太氏 国立成育医療研究センター感染症科
右:宍戸亜由美氏 国立循環器病研究センター小児循環器科
左:笠井先生
(いずれも現在のご所属)
(このインタビューは2020年7月12日にオンラインで行いました)
出典
- 1) Muraki Y, et al: J Glob Antimicrob Resist 7: 19-23, 2016