列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

抗菌剤の使用を最小限にする魚病対策を推進


第2回AMR対策普及啓発活動 農林水産大臣賞

2021年3月

安心安全な養殖魚の安定供給をめざして

注射器の試験を経て、急速に普及した注射ワクチン

養殖現場における注射ワクチンの普及はスムーズにいったのですか。

福田氏 注射ワクチンは打つ作業が大変なため、当初はあまり普及しないのではと考えていました。しかし、注射器やワクチンの野外試験に参加した養殖業者が率先して注射ワクチンを試用し、「そんなに苦労せず打てるよ」「打ったらいい効果があるよ」と口コミで広めてくれました。その結果、あっという間にワクチンを打つ養殖業者が増え、急速に普及していきました。

経口より注射の方がワクチンの効果は高いのでしょうか。

福田氏 注射の方がはるかに高いです。注射ワクチンは腹腔内に打つので、確実に体内に入ります。またブリ類の場合、稚魚から成魚になり出荷されるまで1年半から2年かかります。レンサ球菌症ワクチンを経口と注射とで比較したところ、注射では出荷までほぼ免疫が続き、その間投薬なしでいけることがわかりました。

ワクチンを打つ時期は決まっているのでしょうか。

福田氏 製品ごとに打っていいサイズ(魚の重量)が決まっていて、それに合わせて打ちます。ただ私自身は、できるだけ小さいうちに打った方がいいと考えています。小さい方が作業しやすいのと、魚は生簀で飼われている間に次々と病気にかかる可能性があり、できるだけ早い時期に打った方が病気を未然に防げる、という理由からです。

ワクチンを使う場合も使用指導書が必要ですか。

福田氏 はい、ワクチンは発売当初から、使用指導書がないと購入できないことになっています。注射ワクチンではこれに加え、作業者が接種技術講習を受けることも義務付けられ、受講者は指導機関に登録されています。我々もイリドウイルス病注射ワクチンの発売時から随時講習会を開き、注射器の使い方やメンテナンス方法、打つ際の諸注意、間違って自分に打ってしまった場合の対応などについて、座学と実習を行ってきました。ちなみに大分県では、2年間まったく注射作業に従事しなければ登録が失効します。これまでのべ500名を超える方が受講し、最近では家業の養殖業を継いだ若い人などの新規受講と、失効した人の再受講のための開催が主体となっています。

大分県における水産用ワクチン使用の流れ

大分県における水産用ワクチン使用の流れ

抗菌剤の使用量が激減、養殖現場に大きな経済効果

注射ワクチンの普及で、レンサ球菌症を取り巻く状況はどのように変わりましたか。

福田氏 まず、ワクチン承認前は平均4.3億円だった年間被害額が、普及後は0.16億円と大きく減少しました。それとともに、マクロライド系抗生物質の使用量も飛躍的に減りました。承認前は平均5.1億円だった使用額が普及後は0.2億円まで減り、ワクチン代の1.1億円を加えても3.8億円の軽減につながりました。かつてマクロライド系抗生物質は多い時で5種類認可されていましたが、ワクチンによりレンサ球菌症の被害が減少し投薬の必要性がうすれたことから、製薬会社が製造を中止し、現在はエリスロマイシンだけが販売されています。

大分県におけるブリレンサ球菌注射ワクチンの投与尾数とレンサ球菌症被害額・マクロライド系抗生物質使用額の推移

大分県におけるブリレンサ球菌注射ワクチンの投与尾数とレンサ球菌症被害額・マクロライド系抗生物質使用額の推移

めざましい成果ですね。

福田氏 成果はワクチンが普及できたことに尽きると思います。すべての発生例を網羅的に評価しているわけではないので正確なデータはありませんが、抗菌剤が使われなくなったことでおそらく耐性菌も減少したものと考えられます。何より大きいのは、養殖現場における被害額や薬剤使用の負担が大きく軽減できたことです。病気で魚をたくさん殺し、薬剤をたくさん使うことは、生産原価に直接関わってきますから。また、ワクチンの普及により抗菌剤の使用量が減ったことを、一般消費者にお話しする機会も生まれてきています。「大分県の養殖現場でこれだけ生産者が努力しているなら、大分の魚を食べてみようかな」という消費者の声を聞くと、嬉しいですね。

大分県で注射ワクチンがここまで普及したのは、先生方と養殖業者の方々との普段からの関係性も大きかったのではないですか。

福田氏 我々と養殖業者の方々とは、いわば持ちつ持たれつの関係です。相談を受けたら検査を行い、被害を最小限にするにはどうしたらいいかを一緒に考え、対策を講じるということを、ワクチンができるずっと前からやってきていたので、面識のある人もたくさんいました。こうした個人とのつながりに加え、養殖業者団体とのつながり、漁業組合とのつながりもあったので、講習会もスムーズに開催できました。そこは大分県の強みだったと思います。

ワクチン耐性II型レンサ球菌が出現

現在はレンサ球菌症の問題はほぼ解決したのでしょうか。

福田氏 実は2014年以降、第二の波が起こっています。2012年に、これまでのワクチンが効かない変異型(II型)のレンサ球菌が出現したためです。その結果、マクロライド系抗生物質の使用量が再び増え、年間被害額も大きく増加しました。ただ、2016年にI型とII型を同時に予防できる注射ワクチンが開発され、養殖現場で使われるようになりました。新しいワクチンが広く普及すれば、今後は減っていくのではないかと期待しています。

薬剤感受性試験は引き続き実施されているのでしょうか。

福田氏 はい、ワクチンが普及してからも続けています。ワクチン効果に影響する抗原変異の監視も必要ですので、分離した菌を保存しデータ化することは以前から行っています。中断すればデータが欠けてしまうので、継続することは重要だと考えています。

養殖現場と学術的仕事をつなげる研究者でありたい

今後取り組んでいきたいことはありますか。

福田氏 私自身は4年ほど前に定年を迎え、現在は非常勤職員として仕事しています。定年間際にII型レンサ球菌を見つけたこともあって、この菌がワクチンで抑えられるところまで見届けたい気もちはありますが、今はむしろ若い研究者に引き継いで、新しい発想と技術で養殖業を支える仕事をしてもらえれば、と思っています。

今回受賞した感想をお聞かせください。

福田氏 受賞して嬉しい気もちはもちろんあります。これは大分県の水産研究に対して与えられた賞ですが、養殖現場の協力あってこそです。その意味では、水産研究部よりも養殖業者の方々が評価されるべきではないでしょうか。

最後に、全国の水産研究に取り組む方々にメッセージをお願いします。

福田氏 私自身は学術的な仕事と現場をつなげる研究者になりたいと常日頃から思い、かたや学会活動をしながら、かたや養殖業者と膝を交えて談笑する、ということを長年やってきました。今は養殖業に携わる人たちも若返っています。若い研究者もできるだけ現地に足を運んで、若い人同士話をしながら、新たなアイデアを得てどんどん研究し、成果につなげていただければと思います。

大分県農林水産研究指導センター水産研究部

大分県農林水産研究指導センター水産研究部 養殖試験筏

養殖地域に近い立地で、養殖業者とのコンタクトもとりやすい。建物は海に隣接。養殖試験筏があり、魚を飼いながら研究できる。「魚病対策の指導をするのに、自分がまず飼ってみなければ話になりません。魚の調子が悪くなり、対処できず死んでいく姿を見た経験は、指導にも必ず役立つはずです(福田氏)」

(このインタビューは2021年1月7日にオンラインで行いました)

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