列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

One Healthの視点から 獣医療におけるAMR対策の普及啓発に取り組む


第1回AMR対策普及啓発活動 農林水産大臣賞

2021年12月

ヒト・動物・環境を超えたAMR対策をめざして

各種ガイドラインや治療ガイドブックなどを作成

動物用抗菌剤研究ではどのようにAMR対策に取り組んできましたか。

浅井氏 シンポジウムの開催、研究会報の発行、各種ガイドラインや治療ガイドブックの作成、さらには書籍の出版などを通じて、AMR対策の普及啓発をはかってきました。このうち2004年に出版した「動物用抗菌剤マニュアル」は、同会の創立40周年にあたる2013年に改定第2版を出版しました。本書は、日本で使用されている動物用抗菌剤の情報を網羅した唯一の専門書です。これ以降の新しい情報は、今後当会のホームページで紹介していく予定です。

ガイドラインにはどのようなものがありますか。

浅井氏 動物用抗菌剤の開発に必要な各種臨床試験実施基準と、動物由来細菌に対する薬剤感受性試験法の、大きく2つあります。このうち臨床試験実施基準は、牛や豚などの特定疾患に関する12種類のガイドラインを作成・公表しています。基準自体はかなり以前からその都度作成していたのですが、それらを改めて整理し内容も見直したものを、2013年に創立40周年研究会報の記念号という形でまとめました。

基準が必要なのはヒトと同じですね。

浅井氏 基準を定めないと混沌とした方法が出てきて、新薬の審査に支障をきたしかねませんから。ちなみに、こうした基準を作成する際は当会が窓口となり、獣医師や大学教員、さらには農林水産省の関係者にも参画してもらうようにしています。これらの実施基準は現在、新薬を開発する際の臨床試験ガイドラインとして活用されています。

薬剤感受性試験法はヒトのものとはかなり違うのですか。

浅井氏 基本的には米国臨床検査標準化委員会(CLSI)のガイドラインに準じ、その動物版という形にしています。またCLSIが推奨する手法(=寒天平板希釈法)は手間がかかるため、農林水産省動物医薬品検査所などが採用しているより簡易な方法を紹介するなど、日本の状況に応じた内容にしています。本法は日本の動物由来細菌に対する標準法として、多くの研究者に利用されています。

治療ガイドブックはどのようなものですか。

浅井氏 畜産分野で発生が多くかつ被害も大きい感染症について、どんな抗菌剤をどのように使えばよいか、その目安をわかりやすくまとめたものです。これまでに4種類の治療ガイドブックを作成しています。

動物用抗菌剤研究会の4つのガイドブックと「動物用抗菌剤マニュアル」

動物用抗菌剤研究会の4つのガイドブックと「動物用抗菌剤マニュアル」

豚と肉用鶏で高いテトラサイクリン耐性率

同会が第1回農林水産大臣賞を受賞した2017年は、日本でも「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020」が策定され、ヒト・動物・環境のOne Healthによる取り組みが注目され始めた時期でもあります。動物に関しては、どのような目標が設定されたのでしょうか。

浅井氏 動物分野では、家畜の大腸菌を対象に数値目標が設定されました。すなわち「2020年までに大腸菌のテトラサイクリン耐性率を33%以下にする」と、「大腸菌の第3世代セファロスポリン耐性率とフルオロキノロン耐性率を、2020年におけるG7各国の数値と同水準(5%程度)に保つ」です。

昨年までの5年間でどのような結果になりましたか。

浅井氏 第3世代セファロスポリン耐性率とフルオロキノロン耐性率はもともと低く、この5年間もおおむね問題なく推移していました。一方、テトラサイクリン耐性率は牛では約20%だったものの、豚は約60%、肉用鶏は約50%と、目標を達成困難と推察しています。

豚でテトラサイクリン耐性率が高い理由は、ある程度説明がつきそうですね。

浅井氏 そうですね、薬の使用状況が1つ要因として挙げられます。また、動物の入れ替えという側面もあると思います。例えば肉用鶏の場合、出荷が終わると鶏舎はいったん空になり、床の糞や敷料を全部はがして清掃してから次の雛を入れる、という手順をふみます。しかし豚の場合、豚が養豚場にずっと残るので、何らかの耐性菌を持っているとなかなか抜けません。そのほか母豚は別の農場から導入するので、出荷側の農場に耐性菌がいればその影響が強く出る、ということもあります。

肉用鶏で高いのはなぜですか。むしろ低くてもいいぐらいだと思うのですが。

浅井氏 それがよくわからないのです。対策にしても、豚は薬の使用量を減らすという方向性が考えられますが、肉用鶏は今のところノーアイデアといわざるをえません。ただ耐性菌の出現には、薬の使用状況のほかにも様々な要因が関係します。また耐性菌が検出されることよりも、耐性菌を意識しないで薬を使い続けることの方がはるかに問題で、肉用鶏はこれには該当しません。いずれにしても、今後要因の究明に意識して取り組む必要があると考えます。

アクションプランにより広まったOne Healthの概念

アクションプランは動物分野におけるAMR対策にどのような変化をもたらしたとお考えですか。

浅井氏 アクションプランをきっかけに、いろいろな分野を統合的に考えようという流れができたのは大きかったです。獣医療の分野でもOne HealthやAMR対策の概念が広まり、意識が変わってきました。私自身も含め、野生動物や河川など自然界における薬剤耐性菌にも関心が広がったのは、アクションプランの影響だと思います。

早くから動物の耐性菌問題に取り組んできた、動物用抗菌剤研究会の存在も大きいのではないですか。

浅井氏 慎重使用という考え方はかなり浸透してきたと思います。例えば、全国の畜産農家や獣医師を対象としたアンケート調査2)では、アクションプランに対する認知度はそれほど高くなかった一方で、AMRそのものやヒトへの影響については多くの方が認識していました。当会は畜産農家に対する教育や啓蒙は行っていませんが、何かあれば大きな損失につながるだけに、農家は農家でよく勉強しています。これは家畜保健衛生所や獣医師の方々の尽力も大きいと思います。

One Healthという点ではいかがですか。

浅井氏 2016年に開催された、日本感染症学会・日本化学療法学会・日本環境感染学会・日本臨床微生物学会による四学会合同事業セミナーに、当会も参加させていただきました。テーマは「One Healthから見た耐性菌の現状と課題」で、我々も動物由来の耐性菌について講演しました。思いがけず実現したセミナーでしたが、これ以降当会主催のシンポジウムで講演をお願いしたり、逆に医学系の学会で我々が話題提供するなどしています。こうしたつながりができたのは、本当によかったと思います。

薬剤耐性の伝播

求められるのはOne HealthとしてのAMR対策

同会の設立当初から現在までをふり返って、どのような変化がありましたか。

浅井氏 家畜における抗菌剤の使用量は、少しずつ減ってきています。その一方で、抗菌剤の種類はかなり増えました。またヒトの抗菌剤と成分が似たものが多くなり、ヒトへの影響あるいはヒトからの影響が懸念される耐性菌が増えています。日本の場合、獣医療における耐性菌の状況はヒト医療ほど深刻ではありませんが、確実に汚染は進んでいます。ヒトの方で耐性菌が大きな問題になれば、家畜の方でも定着する機会が増え、連鎖していく可能性があります。

どちらかというと「家畜の耐性菌がヒトに流出する」イメージを持たれがちですが、そうとは限らないのですね。

浅井氏 どこから来ているのか、調べようがないケースも多いのです。AMR対策はヒト医療、獣医療と分けるのではなく、One Healthとして取り組んでいかないと、解決できない問題だと思います。

今後取り組んでいきたいことはありますか。

浅井氏 1つは当会がカバーすべき分野の設定です。広げるのか、ニーズがある分野に絞るのか。また薬剤感受性試験はディスク法が普及していますが、そもそも正確に実施できているのか。さらにできている場合はその判定基準を提示しないと、慎重使用にはつながりません。エビデンスベースの獣医療を確立するべく、当会も協力していきたいと考えています。

獣医療にはなじみのない読者も多いと思います。最後にメッセージをお願いします。

浅井氏 ふだん我々が接する医学系の先生方は、獣医療は獣医療で慎重使用やAMR対策に取り組んでいることを理解し、評価もして下さっています。ただ、それ以外となるとどうなのか。どれぐらいの人が理解あるいは誤解しているのか、誤解しているとすればどんなことがわからなくて誤解しているのか、逆に知りたいですね。また私自身、医学系の学会などで講演する機会があるのですが、テーマによっては「誰に頼めばいいのかわからない」という声も聞きます。もし「こういう分野を掘り下げて知りたい」ということがあれば、当会のメールアドレスにご連絡いただければ、適切な人間を探すようにします。四学会合同事業セミナーが1つのきっかけになったように、お互い知り合う機会がさらに増えれば、と考えています。

引用文献
1) 薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会:薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2020.
2) 薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会:薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2019.

(このインタビューは2021年9月27日に行いました)

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