Stop AMR~今ある抗菌薬を大切に使いながら、新しい薬を生み出すための仕組みを作る~
日本製薬工業協会
新薬の研究開発と安定供給のための仕組みを作る
AMRアクションファンドでベンチャー企業の創薬を支援
ここからはアドボカシーの取り組みについて伺います。そのうちの1つ、創薬については長らく停滞しているというお話でしたね。
森氏 2010年10月から2019年8月までに、日本で承認された抗菌薬は 6 品目のみです。
抗菌薬はもう開発され尽くして、新しい骨格や標的をみつけるのは難しいのでしょうか。
森氏 いえ、必ずしもそうではありません。21世紀に入りゲノム解析を基にした新しいアプローチが続々登場し、いろいろなアイデアが生まれてきています。他方、ここ10年で菌そのものに対する生物学的研究が進んだほか、天然資源中に存在する有用な抗菌性物質をみつけるための方法論も進歩しました。ですから、開発のネタは間違いなくまだまだあると考えています。
方向性が見えてきたのですね。
森氏 はい。こうした状況を背景に、製薬協会員企業を含む世界の24の製薬企業が2020年に立ち上げたのが、AMRアクションファンドです。2030年までに最大4種の新規抗菌薬を製品化することを目的に、合計10億ドル拠出し、小規模バイオテクノロジー企業に投資します。有望なアイデアだが資金が足りない、発想は新しいが技術的に未熟、といったベンチャー企業のメリット・デメリット部分のうち、デメリット部分に対して資金や技術的な支援を行い、実用化までもっていくことをめざしています。
プル型インセンティブの導入をめざして
開発については明るい兆しがある一方で、いかにビジネスに乗せるかという問題もありますね。
森氏 できるだけ使わない方がいいものを、保険医療の中でどう扱うか。そのためのインセンティブを作ってほしいと、政府や関係省庁などに提言しています。インセンティブには承認までの研究開発を支援するプッシュ型と、承認後の市場参入などを支援するプル型があり、我々が政策提言しているのはプル型のインセンティブです。
プッシュ型およびプル型インセンティブ
プル型インセンティブとは具体的にどのようなものですか。
俵木氏 製薬企業としては、開発に見合う利益が見込めなければ新しい抗菌薬の研究開発には投資できません。プル型インセンティブとは、承認取得時に成功報酬という形で報酬が付与される「製造販売承認取得報償付与指定制度」、使用量に関係なく一定金額が支払われる「定期定額購買制度」、また一定の売り上げ規模に達しない場合は不足部分が補填される「利益保証制度」などです。製薬協では、こうした制度の日本での導入を訴えてきました。
産学官民による連携で新薬の研究開発を促進
抗菌薬の場合、やはりインセンティブの導入が必要不可欠なんですね。
俵木氏 こうした創薬にまつわる社会的課題については、企業だけでなく学会や行政、さらに一般市民が分野を超えて連携し、議論しながら取り組む必要があります。そのためここ数年で、産学官民連携プラットフォーム(土台や基盤の意)が順次立ち上がってきました。このうち、政策提言を目的として2018年11月に設立されたのがAMRアライアンス・ジャパン*3です。2019年7月には、AMR対策に向け日本政府が果たすべき役割をまとめた「7つの提言」を発表しました。本提言には耐性菌の状況から抗菌薬の適正使用、インセンティブの導入まで、AMR対策全般に関する施策が盛り込まれ、現在はこれらを実現するための活動を行っているところです。
*3 日本医療政策機構(HGPI)*4が事務局を務め、国内関連学会、医師会などの職能団体、製薬企業、製薬協などで構成
*4 2004年に設立された非営利、独立、超党派の民間の医療政策シンクタンク
ほかにどのようなプラットフォームがありますか。
俵木氏 日経(日本経済新聞社)・FT(ファイナンシャルタイムズ)感染症会議アジア・アフリカ医療イノベーションコンソーシアム(AMIC)AMR部会があります。目的をプル型インセンティブの導入と国民啓発の2つに絞り、産学官民で議論・提言・実現することをめざすプラットフォームで、製薬協も参画しています。2021年3月には、プル型インセンティブの制度設計に関する具体的な内容を盛り込んだ提言書を発表しました。
創薬に関してもこうしたプラットフォームはあるのでしょうか。
俵木氏 2018年9月に抗菌薬産学官連絡会(現在は、AMED感染症創薬産学官連絡会)が立ち上がっています。日本医療研究開発機構(AMED)*5内に設置され、AMEDと関係学会(日本感染症学会、日本化学療法学会)が意見交換を行っており、製薬協も参画しています。AMEDは新規抗菌薬の研究開発費を支援しており、どのような抗菌薬であれば支援に値するのか、その基準作りを産学官で議論しています。
*5 医薬品などの開発を支援する資金配分機関として、2015年に設立された独立行政法人。文部科学省・厚生労働省・経済産業省からの補助金をもとに、研究予算の管理や配分を行っている。
改めて見直したい衛生習慣の大切さ
今後の展望をお聞かせください。
森氏 感染症の世界に次々と起こる問題の足の速さを見ていると、我々のチャレンジはぎりぎり間に合うかどうか、非常に危機感がある中でやっています。今回のコロナ禍はもちろん、ふり返っても2000年以降世界規模に近い感染症の流行があり、また医療現場では耐性菌による院内感染で多くの方が亡くなっています。こうした状況が続く中、ようやくAMR対策の動きが世界各地で出てきましたが、決して安心してはいられません。ただ、今は希望をもってチャレンジしていくしかなく、大切なのはチャレンジがきちんと続くようにすることです。そしてそのための開発原資やインセンティブも必要です。製薬業界は医療のため国民のため産業として取り組んでいるということを、多くの方に理解していただき、またご支援いただきたいと考えています。
一口にAMR対策といっても、非常に幅広い取り組みをされていることがわかりました。
森氏 つい50年ほど前までは、食中毒でも命取りになるような衛生状態が普通にあって、感染症は手ごわいことを皆が認識していました。その対抗手段として、手洗いなど基本的な衛生教育が幼児の頃から行われていました。そうした日本のすばらしい伝統が、最近は失われかけてしまっているように思います。
今回のコロナ禍でもこうした伝統が生きている部分はあって、日本人は必要であればマスクはするし、きちんと手も洗う。その影響もあってか、インフルエンザの流行はここ数年大きく減少しました。このように感染症対策は予防の部分も大切で、一人ひとりが衛生習慣を身につけることで感染症全般のリスクが下がり、そうなれば抗菌薬の使用量も抑えられ、耐性菌が出にくくなり、AMR対策もうまくいく。全体がうまく回るために感染症対策のイロハのイの部分をきちんとすることがいかに大切か、コロナ禍で多くの人が学んだと思います。そうした大きな広がりの一部としてAMR対策を位置づけ、産学官民で連携しながら取り組んでいくことが、望ましい姿ではないかと考えています。
- 1) Jim O'Neill : The Review on Antimicrobial Resistance. Tackling Drug-Resistant Infections Globally: Final Report and Recommendations. May 2016.
- 2) 吉田博之:第69回日本感染症学会東日本地方会学術集会・第67回日本化学療法学会東日本支部総会合同学会、口頭発表、2020年10月.
(このインタビューは2021年12月7日にオンラインで行いました)