列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

断らない救急その先へ ~地域拠点病院発の抗菌薬適正使用の呼びかけ~

石巻赤十字病院

2022年6月

 このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策のさまざまな事例をご紹介しています。第19回で取り上げるのは、石巻赤十字病院における取り組みです。宮城県北東部唯一の救命救急センターである石巻赤十字病院は、院内だけでなく地域に向けた抗菌薬適正使用を推進してきました。その経緯や活動の実際などについて、井上顕治先生とAST(抗菌薬適正使用チーム)メンバーの皆さんに伺いました。

井上顕治(いのうえけんじ)氏
石巻赤十字病院救命救急センター副部長(ICD〔インフェクションコントロールドクター〕)
2009年東北大学医学部卒業、同年石巻赤十字病院(初期研修医)、2012年手稲渓仁会病院(札幌、後期研修医)を経て、2015年に石巻赤十字病院に復帰、2019年より現職。

ASTメンバーの皆さん(五十音順)
菅野 和 氏(薬剤師、PIC〔感染制御認定薬剤師〕)
庄子いくみ 氏(地域医療連携課〔現・日本赤十字社宮城県赤十字血液センター〕)
永沼結花 氏(臨床検査技師)
茄子川智子 氏(感染管理室事務)
松本亜紀 氏(看護師、CNIC〔感染管理認定看護師〕)

左奥より 松本 亜紀 氏、永沼 結花 氏、茄子川 智子 氏
菅野 和 氏、井上顕治 氏、庄子いくみ 氏

感染症専門医不在の中、AST活動を院内でスタート

救急が窓口となり地域の重症感染症患者を受け入れ

はじめに、同院のある石巻医療圏について教えてください。感染症治療や抗菌薬の使い方に関して、この地域ならではの特徴などはありますか。

井上氏 ほかの地域と大きく違うのは、石巻・登米・気仙沼医療圏では当院が唯一の救命救急センターということです。重症感染症の方はもちろん、比較的軽症な方も当院に集まることが多く、その場合、まず窓口になって受け入れるのは救急です。そのぶん、耐性菌など地域の動向をいちばん把握しやすいのも救急、という特性はあると思います。実際、こうした患者さんを主治医として治療するのは我々救急医だったりするので、耐性菌の問題があればそれだけ苦しめられることになります。

石巻医療圏
※石巻・登米、気仙沼医療圏:宮城県の二次医療圏区分では、石巻市、東松山市、女川町、登米町、気仙沼市、南三陸町を「石巻・登米、気仙沼医療圏」としています。

先生は救急がご専門ですが、抗菌薬適正使用支援チーム(AST)はどのような経緯で発足したのでしょうか。

井上氏 もともと当院では、感染対策チーム(ICT)による感染制御の取り組みが行われており、私もメンバーの一人でした。2018年度診療報酬改訂で抗菌薬適正使用支援加算が新設されるのにともない、当院でも2017年10月にASTを立ち上げることになりました。私自身は感染症の専門医ではありませんが、当時東北大学で毎月1回開催されていた感染症の勉強会に参加しており、講師の具芳明先生(現・東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野 教授)にいろいろ教えていただきながら、皆で協力して活動を進めていきました。

AST活動を始める前の、院内での抗菌薬の使われ方はいかがでしたか。

井上氏 正直、問題があるかどうかもわからないところからスタートしたので、最初に広域抗菌薬使用患者の全例レビューを行いました。その結果、処方理由が記載されないまま漫然と使われている例や、起炎菌が同定されてもde-escalation(抗菌薬の段階的縮小)されていない例などがかなりあり、取り組みの必要性が改めて明らかになりました。

いかに多職種のスタッフを巻き込むか

具体的な取り組みについて教えてください。

井上氏 まずは血液培養陽性患者のレビューとフィードバックから始め、ある程度軌道に乗ったところで、広域抗菌薬を6日以上使用している患者のレビューも開始しました。また検査部と連携して、培養同定後の薬剤感受性の表示を第1・第2選択薬のみとする「Selective Reporting」を導入しました。さらに、これは当院独自の取り組みだと思いますが、TAZ/PIPC*が使われている入院患者については病棟薬剤師の方でレビューを行い、コメントを残してもらっています。病棟薬剤師にはこのほか、血液培養陽性患者における抗菌薬投与量のレビューとフィードバックもお願いしています。
*タゾバクタム/ピペラシリン(広域抗菌薬の一種)

血液培養陽性患者のレビューは全例で行っているのですか。

井上氏 最初はそうでした。ただ、スタッフは複数の業務を兼任しているため、チームカンファレンスは週に1回・1時間が限度で、全例レビューしていると終わらないです。それでは継続できないので、チームの薬剤師と病棟薬剤師にお願いして問題がありそうな症例をピックアップしてもらい、レビューする形にしました。最近では、カンファレンス前にすでに適正化されている症例も増えています。

AST活動を進めるにあたり、マニュアル的なものは用意されましたか。

井上氏 「広域抗菌薬適正使用ポリシー」と「院内推奨投与量一覧」を作成しました。こうしたマニュアルは、スタッフを守るためでもありました。というのは、当時は私も含め感染症専門医がいなかった*ため、いかに多職種のスタッフを巻き込み協力してもらうか、それがAST活動のカギでした。その際一定の指針があれば、スタッフは提言を行いやすく、また責任を求められるリスクも減ります。
*2022年4月より感染症専門医着任

院内でde-escalationの文化が根づき、広域抗菌薬使用量が減少

こうした取り組みの結果、どのような変化がありましたか。

井上氏 広域抗菌薬については、de-escalationされる率がかなり高くなりました。最近ではASTでレビューをする以前に、泌尿器科や外科の先生のカルテに「培養結果が出たらde-escalationしよう」と書かれていて、1つの文化を作った面はあると感じています。

実際に広域抗菌薬の使用量は減ったのでしょうか。

井上氏 年度によって移り変わりはありますが、総じて活動開始前の1/2~1/3ぐらいになっています。

石巻赤十字病院における広域抗菌薬のAUDの推移
(INFECTION CONTROL 2021 vol.30 no.3(303)図3より)

AST活動の過程で大変だったことはありますか。

井上氏 それがあまりないです(笑)。ASTメンバーだけでなく、様々な職種のスタッフの皆さんが協力してくれて、私自身は楽しく取り組んでいたら成果もついてきた、というのが実感です。

メンバーの皆さんからみて、そのあたりはいかがですか。

菅野氏(薬剤師) 井上先生も含め、ASTの医師とは非常にいい関係を築かせてもらっています。AST活動を始める際は「ぜひともご協力いただきたい」と、薬剤部に何度も足を運んで下さいました。井上先生は薬剤部によくいらっしゃるので、AST以外のスタッフの名前も覚え、顔の見える関係ができていると思います。

永沼氏(臨床検査技師) 以前は検査結果を報告する画面を通して、医師や薬剤師と接点をもつという感じでした。井上先生が働きかけて下さって、今は多職種のスタッフと直接関わることができ、検査技師にとってもいい場になっています。

茄子川氏(感染管理室事務) 活発に開催されるAMRに関する研修会を地域の皆さまにご案内しており、多くの方々が参加してくださりとてもやりがいを感じております。

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