歯科外来における抗菌薬適正使用の取り組み ~薬剤師主導の介入で経口抗菌薬の処方に大きな変化~
このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策のさまざまな事例をご紹介しています。第23回で取り上げるのは、東京医科歯科大学病院歯科外来における、薬剤師主導のASP(抗菌薬適正使用支援プログラム)活動についてです。同院薬剤部の沖畠里恵氏は、歯科外来で処方される経口抗菌薬の適正使用に向け、歯科医師に対するフィードバックを行ってきました。活動を始めた経緯や具体的な取り組み、またその成果について、お話を伺いました。
沖畠里恵(おきはたりえ)氏
東京医科歯科大学病院薬剤部薬剤主任
1986年星薬科大学衛生薬学科卒業、1987年東京大学医学部附属病院薬剤部、2003年保険薬局管理薬剤師、2004年東京医科歯科大学病院(旧歯学部附属病院)薬剤部に入局し、2012年より現職。
歯科医師の処方に対し薬剤師が直接フィードバック
歯科での経口抗菌薬処方
はじめに、歯科領域全体における抗菌薬使用について教えてください。
沖畠氏 歯科の場合、抜歯や歯科の外科的処置後の感染予防を目的に、経口抗菌薬を外来で使うことが多いです。主な起炎菌は口腔連鎖球菌や嫌気性菌ですが、これらは常在菌で、普通の抜歯程度で感染症を起こすことはありません。ただ、口の中に傷をつける訳ですし、口腔内には腸内細菌も含め多くの常在菌が存在します。「何かあったら困る」というので、「広めのスペクトラムで使いやすい経口抗菌薬を、予防で入れよう」という傾向があります。
予防的な使用なのですね。
沖畠氏 治療でなく予防で使うことが多いというのは、歯科特有だと思います。歯科全体の抗菌薬使用量は医科に比べれば少なく(図1)、また予防目的なので投与期間も通常は3日前後です。ただ本当に予防が必要な人以外にも、慣習的に処方している部分があるのではないかと考えられます。予防が主なので、起炎菌を調べたりアンチバイオグラムを作成したりといったことはほとんどされません。「予防で使う」は歯科の特徴であり問題でもある、といえるでしょう。
図1 全国の医科・歯科における抗菌薬(経口+注射)使用量の推移(2015~2020年)
使用抗菌薬の主流は経口第3世代セフェム系
主にどんな抗菌薬が使われているのですか。
沖畠氏 最近は状況が変わってきましたが、それでも第3世代セフェム系抗菌薬は多く使われています。ただし、日本感染症学会・日本化学療法学会の「感染症治療ガイド」(以下、ガイドライン)では、以前から歯性感染症に対する抗菌薬としてペニシリン系を第一選択薬に推奨しています。スペクトラムの広い経口第3世代セフェム系は、推奨されていません。
ガイドラインと実際の処方が違うのは、何か理由があるのですか。
沖畠氏 もともと歯科領域では、歯性感染症の主要起炎菌に有効な第1・第2世代セフェム系が主に処方されていました。それが第3世代セフェム系の発売にともなって、シフトしていったのではないかと考えられます。ペニシリン系も以前は使われていたのですが、「カプセルが服用しづらい」「錠剤が大きい」といった使い勝手の悪さやペニシリンアレルギーの問題、また「昔の薬」というイメージもあって、あまり使われなくなってしまいました。第3世代セフェム系は小ぶりで飲みやすく、副作用も少ないので、使いやすいということもあると思います。
ガイドラインはあまり活用されていないのでしょうか。
沖畠氏 歯性感染症に関するガイドラインは、「JAID/JSC 感染症治療ガイド 2014」(2014 年改訂) に初めて掲載されましが、実際にはガイドラインよりも、「指導医や先輩医師に教わって、それを忠実に守っている」というパターンが多かったようです。予防が主なので、どの抗菌薬を使うかあまりこだわりはなく、慣習的・経験的に処方している部分が大きいのではないかと考えられます。
AMR対策アクションプランに背中を押されて
ここからは、東京医科歯科大学病院の歯科外来におけるASP(抗菌薬適正使用プログラム)の取り組みについて伺います。病院としてはかなり大きいご施設ですね。
沖畠氏 はい、歯科だけで29の診療科を有し、1つの病院ぐらいの規模があります。経口抗菌薬の採用品目も多く、以前は様々な種類の抗菌薬が次々と処方されてきて、「きちんと使い分けされているのかな」と感じていました。
どのような経緯でASP活動に取り組むことになったのでしょうか。
沖畠氏 1つのきっかけは、国公立大学附属病院感染対策協議会のメンバーになったことです。2013年に行われた全国の歯科のサーベイランスの結果では、当院はとにかく抗菌薬の処方量が多く、全国データを引っ張るぐらいの勢いで、唖然としました。その後2015年に、当院における経口抗菌薬の使用実態を初めて調査したのですが、思った通り第3世代セフェム系抗菌薬が全体の半数近く処方されていました。そんな時に「AMR対策アクションプラン(2016-2020)」が発表されて、「これは本当に解決しなければいけない問題なのだ」と真剣に考えるようになったのです。まずは一部の診療科で介入を始め、2017年度からは全科を対象としたASP活動を本格的に開始しました。
電話や文書で処方医にフィードバック
具体的にどのように介入したのですか。
沖畠氏 歯科医師の外来処方に対して、直接フィードバックを行いました。どういう介入方法がよいのかについては、いろいろ考えました。例えば「医局会で講義する」「マニュアルを整備する」「薬剤部ニュース的なものを定期的に発行する」「感染対策委員会から周知してもらう」などです。ただ、どの方法もインパクトや実効性は薄い気がしました。それならば疑義照会のように医師に直接電話をして、個人的に話した方が早いのではないか、耳を傾けてもらえるのではないかと考えました。私は幸いにも当院に長く在籍し、面識のある先生も多かったですし、直接話した方が状況を把握していただけると思いました。
問題のある処方が入ったら歯科医師に電話する、という流れですか。
沖畠氏 はい、外来処方が入力されたタイミングで、直接処方医に電話しました。コロナ禍以前は、当院における1日の平均患者数は1,600~1,800人、平均処方箋枚数は230~270枚にのぼり、処方箋の約40%にあたるおよそ100枚で抗菌薬が処方されていました。それらすべてに目を通し、院内処方に関しては問題があると思えば処方医に電話をかけて、フィードバックを行いました。
薬剤は基本的に院内処方ですか。
沖畠氏 当院は2014年から院外処方に移行し、現在はほぼ9割が院外です。院内で出すのは「抜歯前に予防抗菌薬を投与したい」、「抜歯後すぐに鎮痛薬と抗菌薬をセットで使いたい」などのケースに限られます。院外処方箋については発行された時点で直接話をすることができません。そこで、院外処方箋に対しては、電子カルテのメモ欄を利用して、文書によるフィードバックを行いました。
用法用量などの提案まで含めてフィードバック
直接フィードバックという方法にしてみて、感触はどうでしたか。
沖畠氏 「意外といけるかも」と思いました。例えば、「この抗菌薬の使い方は何か理由があるのですか」と尋ねると「いや特には」というお返事だったので、「ペニシリン系に変えるのはどうですか」と提案したら、「いいですよ」と言われたり、そんなやり取りも多かったです。ご了解いただいた先生にはその場で処方を変えていただき、「他の先生方にも広めて下さい」とお願いしたりもしました。
フィードバックは主に処方変更に関することですか。
沖畠氏 単に「処方を変えてください」ではなく、必要に応じて薬剤選択や用法用量の提案まで行いました。問題だと思う処方が出たらカルテを開き、処置内容や患者背景などを確認しています。そのうえで、例えば、「アモキシシリンですが、ペニシリンアレルギーがあればクリンダマイシンを1回300mg、1日3回でお願いします。」、腎機能が悪ければ「ペニシリン系でお願いしたいのですが、その場合は減量してもらえますか」というように、具体的に伝えていました。
処方箋だけでなくカルテも確認するのですね。
沖畠氏 はい。ちなみに歯科のカルテは独特で、基本的には処置名が列記してあるだけのことが多いです。専門的すぎて、どういう治療をしたのか、最初はまったくわかりませんでした。患者さんがどういう人なのかもわからないので、診療情報提供書やお薬手帳なども見て情報を補足していました。