列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

薬剤師が取り組む抗菌薬適正使用支援活動と感染症教育プログラムOCTPAS

2024年8月

ASの経験を活かし、全国の薬剤師・薬学生の教育に携わる

大規模病院でAST(抗菌薬適正使用支援チーム)立ち上げに関わる

2015年からは、尼崎総合医療センターの所属に変わりましたね。

池垣氏 はい、兵庫県の職員なので転勤があるのです。そして偶然なのですが、同じ時期に、松尾先生も尼崎総合医療センターに着任されました。

松尾 裕央氏と池垣 美奈子氏

松尾氏 尼崎病院と塚口病院を統合再編して、尼崎総合医療センターとして開院し、新しく感染症内科を作るというので、院長から声をかけてもらいました。新病院では自分が感染症診療の文化を作る必要があったので、同じ気概を持ち同じ言葉が話せる池垣先生の存在はありがたかったですね。
 着任後すぐ一緒に勉強会を始め、請われてグラム染色を教えたりもしました。診療仲間に薬剤師がいることは心強く、教えるのにも熱が入りました。

AS活動にはどのように関わっていったのですか。

池垣氏 もともとICTはあったのでそこに我々も加わり、一緒にAST(Antimicrobial Stewardship Team;抗菌薬適正使用支援チーム)を立ち上げていきました。統合再編にともない病床数や診療科が増え、薬剤師も約50名と多かったので、教育や体制を見直すところから始めました。

※730床・48診療科(2024年7月現在)

ダブルチェック体制で病棟薬剤師をバックアップ

取り組みを始めてみてどうでしたか。

池垣氏 50名の薬剤師を動かすのは本当に大変でした。何か1つ決めても、なかなか皆に浸透させることができない。さらに各診療科との壁も厚く、連携もスムーズではありませんでした。病院の規模が大きいので、話を通すべき関係者が多く、物事を決めてそれを実行するのがとにかく大変でした。

バンコマイシンのTDMはどうしていましたか。

池垣氏 すべての薬剤師が責任をもって担当する体制に変え、そのための教育も薬剤部でしました。ただ検査オーダーに関しては、権限移譲の問題もあり、実現には至りませんでした。

AST担当薬剤師は何名いたのですか。

池垣氏 8名前後です。核となるのは2~3名ですが、いつ転勤になるかわからないので、後継者を育てるべく若手薬剤師にも参加してもらいました。週1回、広域抗菌薬投与患者を抽出し、松尾先生とAST担当薬剤師でカンファレンスを行っていましたが、もちろん毎週全員が担当するほど人員に余裕はありませんので、持ち回りで行っていました。

ふり返りカンファレンスでAST担当薬剤師の質を担保

病棟薬剤師の教育も重要なのですね。

池垣氏 AST担当薬剤師といっても専従ではなく、他の業務とかけもちです。実際には、AS活動のための時間が1週あたり半日程度で他の業務と兼務しており、AST担当薬剤師だけでは手が回っていませんでした。病院としてAS活動を進めようとすれば、病棟薬剤師を巻き込むしかありません。それだけに、病棟薬剤師の教育にはかなり時間をかけました。
 病棟で患者の抗菌薬について疑義がある時や主治医に提案したい時は、病棟薬剤師からAST担当薬剤師に電話をして相談し、AST担当薬剤師からOKが出たら医師に返すという、ダブルチェック体制をとっていました。毎回のこのやりとりが教育になり、さらに主治医にはAST担当薬剤師のお墨付きがあるので堂々とディスカッションできるという状況を作ることで、できるだけ多くの成功体験を積んでもらいました。
 週1回のASTカンファレンスの結果も、主治医だけでなく必ず病棟薬剤師に共有していました。そうすることで、自分の病棟の患者に対する責任感を持ってもらいたかったのです。

一方で、AST担当薬剤師には、医師と対話できる専門的な知識や経験が求められますね。

池垣氏 もちろん、AST担当薬剤師で手に負えない症例は、その都度松尾先生に電話して相談していました。また、相談せずに解決した症例も、病棟薬剤師の教育や相談窓口になるAST担当薬剤師の質を担保するために、月1回カンファレンスを開いて松尾先生に同席いただき、AST担当薬剤師の判断は正しかったのか振り返りを行いました。カンファレンスは、AST担当の若手薬剤師にとって、どんな相談があるのか、どう考えてどう回答するのかを学べる場でもあったと思います。

医師として、薬剤師のAS活動をどのようにとらえられていましたか。

日馬 由貴氏

松尾氏 感染症内科医は私1人で、他の業務もあったので、薬剤師なしではAS活動は無理でした。薬剤師が中心になって取り組み、適宜連絡もいただけたので非常に助かりました。ただ、負担をかけていることもわかっていたので、薬剤師と話し合った内容はきちんと臨床現場に届けようと心がけていました。

日馬氏  私は2021年に尼崎総合医療センターの小児科に入局したのですが、その時にはもうバンコマイシンを使う際は薬剤師に相談して、フィードバックを受けていました。小児科でも、薬剤師と対等にディスカッションしながら抗菌薬を使う流れができていました。

「とにかく話す」ことで医師との関係を築く

「各診療科との壁が厚かった」とのことですが、医師との関係性は最初の病院とはまた違いましたか。

池垣氏 そうですね。診療科が多くなり、診療科に所属する医師の数も多くなりました。ただ抗菌薬に関する提案や受け入れに関しては、もうその病棟の薬剤師が医師と関係を築くしかありません。そのため、病棟薬剤師には「とにかく主治医と話す機会をもつ」ことを、くり返し伝えていました。しかし、ASTとして進める必要があった交渉(クリニカルパスの登録抗菌薬の変更、採用抗菌薬の変更など)は難渋しましたし、時間もかかりました。

病院の規模によってアプローチも変わってくるということですね。

池垣氏 組織が大きいと、1つ課題を解決するにも念入りな根回しや情報収集が必要です。そのため、まずはチームで戦略を練り、顔が見える関係にするために各診療科の医局のカンファレンスにASTメンバーでたびたび足を運びました。そこでコミュニケーションに努めることで、ASTの考えが受け入れられる雰囲気になっていったと思います。手ごたえはありましたが、とにかく時間がかかりました。

感染症内科医による併診で医師の意識に変化

医師の側も徐々に変わっていった感じですか。

池垣氏 そこは松尾先生に負うところが大きいです。感染症診療に関する意識は、感染症内科医である松尾先生が併診することによる影響が大きかったと思います。また、尼崎総合医療センターは救急病院でもあるので、若手の医師が多かったこともよかったと思います。感染症診療の教育を受け、抗菌薬をきちんと使おうと考える医師が各診療科にいて、松尾先生に教えを請うていました。

やはり専門医の存在は大きいですね。

池垣氏 松尾先生が薬剤部を立ててくださるのもありがたかったです。感染症内科併診患者の治療方針を共有してくださったり、投与量は薬剤師に聞くように言ってくださったり、病棟薬剤師を気にかけて声がけやフィードバックしてくださっていました。AS活動が進んだのは、先生自ら病棟薬剤師を巻き込んでくださったお陰もあると思います。

薬剤師・薬学生のための感染症教育プログラムを作成

2つの病院を経て、現在は大阪大学のCiDERで教育に携わっていると伺いました。

池垣氏 CiDERは大阪大学が2021年に設置した、感染症の総合研究と教育のための拠点です。私は人材育成部門に所属しているのですが、2023年に入職した際、CiDER-EDUという教育コンテンツの配信プラットフォームで、新しく薬剤師向けのプログラムを作ることになりました。あれこれ考えたものの、結局たどり着いたのがASでした。それがOCTPASです。

「薬剤師・薬学生のための感染症教育プログラム」とありますが、その意図は。

池垣氏 今までの経験から思うのは、ASをさらに一歩進めるには、すべての病棟薬剤師が当たり前のように抗菌薬をチェックできる体制を作る必要があるということです。ASを既に担っている薬剤師だけでなくすべての薬剤師が、他の薬と同じように抗菌薬も評価できるようにしたい、そのために必要な知識を全部詰め込みたいと考えて、プログラムを組み立てました。

薬剤師が処方提案するために必要な知識を網羅

具体的にはどのようなところですか。

池垣氏 薬剤師に足りないのは主には微生物に関する知識で、そこをまず強化したいと考えました。微生物学は、私自身感染症内科医と一緒に働いて初めて学ぶことの必要性を実感したためです。その他にも、薬の専門家である薬剤師目線での感染症や患者の診方、多職種での情報共有も必須なので情報を要約し人に伝えるプレゼンテーションの能力も求められます。
 プログラムは「抗菌薬適正使用支援の基礎知識」「感染症診療の原則」「臨床微生物学」「抗微生物薬」「押さえておくべき感染症」「ASの実践」の6カテゴリーを軸にコンテンツを組み立てました。OCTPASは1年間・全47回の予定で、すでに配信が始まっています。AS活動を担う薬剤師だけでなく、すべての薬剤師に視聴してほしいと考えています。

実際の受講画面*(動画)
*第3回 介入戦略①感染症治療早期からのモニタリングとフィードバック(PAF)(日馬由貴先生の講義より)

図 OCTPAS~薬剤師・薬学生のための感染症教育プログラム~

▶OCTPASの受講登録案内 ▶プログラム一覧

これだけの内容を盛り込むのは大変だったのではないですか。

町田 尚子氏

池垣氏 今まで薬剤師向けで、臨床に活かせるASの知識を体系的に学べる場はなく、1つのプログラムにまとめたいという思いがありました。松尾先生と日馬先生も大阪大学医学部附属病院に移られていたので相談にのっていただき、当院の感染制御部専従薬剤師である町田尚子先生のご意見も伺いました。
 プログラムの主目的は、薬剤師が介入して処方提案できる、そのために必要な知識を学ぶことです。微生物についてもただ闇雲に入れるのではなく、「抗菌薬選択にあたって必要な知識」という視点で取捨選択しました。

町田氏 薬剤師の感染症教育は「抗微生物薬教育」がメインで、感染症や微生物の教育は二の次になりがちです。薬物治療は感染症治療の手段の1つなのですが、薬にフォーカスが当たりすぎで微生物や疾患の知識が結び付いておらず、それが感染症治療への処方提案を阻んでいると感じていました。
 OCTPASでは知識が結びつきやすいよう各単元の配信の順序を工夫していますので、より理解しやすく、臨床現場で役に立つ内容になっています。

薬剤師が活躍できる場を積極的に確保していく

今後の展望などがあればお聞かせください。

池垣氏 まずはOCTPASを無事完走させることです。そのうえで、可能であれば視聴者の反応などもふまえて、より役立つ内容にブラッシュアップしていきたいです。
 OCTPASは感染症に現時点ではそこまで興味がないという薬剤師にもぜひ見てもらいたいのですが、すべての薬剤師に届けるにはどうしたらいいのか。まだ模索中というところです。

医師の立場からメッセージなどはありますか。

松尾氏 感染症内科医は、基本的に主治医ではなくコンサルタントです。かつては私自身「主治医ではないじゃないか」「責任をとらないじゃないか」と言われたりしました。ただ主治医ではないからこそできることがあるし、面白さもある。そう信じて、今までやってきました。
 薬剤師のAS活動も似たところがあってシンパシーを感じますし、一緒にやるのは非常に楽しいです。そして池垣先生や町田先生を見ていると、ASの体制作りだけでなく、ASの価値や運用を若手の薬剤師に伝えていく作業にもう入っていると感じます。それが未来につながるのだろうと、楽しみにしています。

改めて、AS活動について思うことはありますか。

池垣氏 ASという仕事は面白いしやりがいもありますが、そこにたどり着くまでは正直しんどいことも多いです。ただ薬剤師は臨床でもっともっとその知識を活用して、医療に貢献すべきと考えており、特に感染症は薬剤師が活躍しやすい場なのではないかと思います。
 これからのAS活動は、薬剤部がチームになって取り組まければ進みません。いかに他の薬剤師もその気にさせ、味方につけるかを考え、教育にも力を割くことが必要です。そのための手段として、是非OCTPASを使っていただければと思います。

(このインタビューは2024年7月3日に行いました)

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