
列島縦断AMR対策
事例紹介シリーズ
TOP > 列島縦断AMR対策事例紹介シリーズ > 日本におけるAMRサーベイランス ~ナショナルデータで得られた知見をAMR対策に活かす~
AMR研究センターにおける取り組み
耐性菌の動向をゲノム・遺伝子レベルで監視
ここからは、先生がセンター長を務めておられるAMR研究センターの取り組みについて、JANISを中心に伺いたいと思います。はじめに、センターの概要を教えて下さい。
菅井氏 当センターは「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2016-2020)」の策定を受けて、2017年に国立感染症研究所の1組織として設立されました。第一室から第八室まで8つの研究室があり、JANISの運用を担当しているのは第二室です。当センターではNESIDに関しても、遺伝子解析などの行政検査を第一室で、病院などで発生したアウトブレイク収束の支援などを第四室で、地方衛生研究所や保健所の要請に応じて行っています。現在、AMRアクションプランの数値目標には、JANISのデータが採用されています。
JANISの検査部門に関して、新しい取り組みなどはありますか。
菅井氏 JANISに連動して、JARBS(ジャーブス)という耐性菌のゲノム解析に基づいたサーベイランスを行っています。JANISの検査部門は菌名と薬剤感受性が主たるデータで、ゲノム情報は含まれません。しかし実際に耐性菌の動向を追っていこうとすると、それだけでは不十分です。その菌がどのような遺伝子や遺伝子の集合体であるゲノムを有しているかが、重要な意味をもってきます。
そこでJANISの参加施設に呼びかけて、耐性菌データだけでなく菌株も送ってもらい、ゲノム解析を行って、結果をフィードバックするという取り組みを、2019年に始めました。2023年には専用サイトを開設し、耐性菌の動向をゲノム・遺伝子レベルで監視する全国サーベイランス、JARBS-GNR・VRE 2.0を開始しました。
JARBS:Japan Antimicrobial Resistant Bacterial Surveillance (AMR pathogen genomic surveillance linked with JANIS)
耐性菌に対する新薬の有効性を検討
JARBSでの解析作業は進んでいるのですか。
菅井氏 2024年にロボットを2台導入したことで、月平均2,000株以上のゲノム解析が可能となり、2024年7月までに8,240株分のデータを公開しました。JARBSではVREやカルバペネム耐性緑膿菌など、さまざまな耐性菌に関するゲノムサーベイランスを、またNESIDのCRE病原体に関してもゲノムサーベイランスを実施しています。
こうしたデータはどのように役立つのでしょうか。
菅井氏 例えばわれわれは、耐性遺伝子の運び屋となっているプラスミド(細胞内の染色体外DNA分子)にはどんな種類があるか、日本全国のカルバペネムに低感受性を示す腸内細菌目細菌で詳細に検討しました。その結果、耐性プラスミドの地域格差が明らかになりました1)。また日本全国から収集した黄色ブドウ球菌を詳細に解析し、近年新しい強病原性のMRSA系統が出現してきたことを明らかにしました2)。このような新しい知見に基づいて、その後さまざまな研究が行われています。
また耐性菌の詳しいゲノム解析が進めば、新しい抗菌薬がそうした耐性菌に本当に効くのか、調べることも可能です。実際われわれは、カルバペネム分解酵素を産生するJARBS株を用いて、さまざまな新薬の感性率を調べ、どの抗菌薬が有効かを明らかにしています3)。
ゲノム解析で疫学情報も明らかに
NESIDのデータについても、ゲノム解析を進めているというお話でしたね。
菅井氏 はい。NESIDのCRE病原体サーベイランスを実施しています。感染症法では、CRE感染症の届出はメロペネム基準かイミペネム基準*のいずれかを満たす場合、とされています。しかし解析の結果、届出のあったカルバペネマーゼ遺伝子陽性のCRE感染症の約7割がメロペネム基準を満たす一方で、イミペネム基準のみを満たす症例はゼロでした4)。つまり、イミペネム基準にはあまり意味がないことが明らかになったのです。この結果を国に報告し、実際に届出基準を見直す議論が始まったところです。
*イミペネムとセフメタゾールの両方に耐性
ゲノム解析でいろいろなことがわかるのですね。
菅井氏 例えば、ある地域で耐性菌のアウトブレイクが発生した際は、ゲノム解析により2つのクラスター集団が検出され、実際にアウトブレイクがどの病院から始まり、どのように他の病院に広がっていったかが明らかになりました。また別のアウトブレイク事例では、もともとインド由来の耐性菌がさまざまな規模の病院に派生して移り、最終的には高齢者施設に終着したことが、順序まで含めて示されました5)。このようにゲノム解析は、疫学的にも重要な情報を提供してくれることがわかってきています。
ワンヘルスに基づいたAMRサーベイランス
AMR対策ではワンヘルスアプローチも重要です。何か取り組みは行われていますか。
菅井氏 1つには、厚労科研食品班によるサーベイランスがあります。主に食肉関連の耐性菌について、食品と患者それぞれの由来の菌の比較解析を行っています*。もう1つは、WHOが主導する三輪車サーベイランス(Tricycle Surveillance)です。これはESBL産生大腸菌**に焦点を絞り、ヒト・食品・環境由来の耐性菌の関係を調べるプロジェクトです。日本からは当センターが参加し、WHO加盟国と協働でサーベイランスを行っています。
*ワンヘルスに基づく食品由来薬剤耐性菌のサーベイランス体制強化のための研究
**基質特異性拡張型βラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase, ESBL)を持つ大腸菌。ESBLとは分解可能な薬剤の種類が、第三世代のセフェム系まで広がったβラクタマーゼのこと。
ヒトのほかにも、さまざまなサーベイランスが行われているのですね。
菅井氏 動物分野ではJVARM(ジェイバーム、動物由来)が、食品分野では先ほどの食品班による取り組みが、またヒト分野ではNESIDとJANIS・JARBS、さらにはJ-SIPHEやJSACが行われています。環境まで含めると、三輪車サーベイランスも稼働中です。今後はこれらを統合して、解析情報を一元化し、ゲノム情報についても統合データベースを作成する動向調査を、毎年実施していこうという機運が高まっています(図3)。
本年3月、厚労省が取り纏めた薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2024に、初めてゲノム比較からみた薬剤耐性菌のヒト、動物、食品、環境の関連性についての記述(食品班の取り組みや三輪車サーベイランスの結果)が紹介されました。
JVARM:Japanese Veterinary Antimicrobial Resistance Monitoring System

図3 ワンヘルスに基づいたAMRサーベイランス
薬剤耐性菌バンクを設置
AMR研究センター全体で、そのほかの取り組みはありますか。
菅井氏 当センターでは2019年に、薬剤耐性菌バンクが設置されました。これは最初のAMR対策アクションプランの提言を受けて整備されたもので、耐性菌分離株の保存や菌株の産官学での利用推進などを目的としています。当センターにはJANISやJARBSのほか、地方自治体や研究機関、さらには三輪車サーベイランスなどから、ヒト・食品・環境由来のさまざまな菌株が集まってきます。2024年8月現在、バンクには約23万の菌株とデータ(臨床情報、ゲノムデータ)が保存されています。
バンクのデータはどのように利用されるのですか。
菅井氏 これらの中から目的に特化した株のグループ(=パネル)を作り、必要なところに提供するという取り組みを、最近始めました。パネルには創薬、基礎研究、精度管理の3つがあり、製薬・臨床検査薬企業、学術研究機関、病院検査室や検査会社などに、実際に提供を開始したところです。
パネルは公開されているのですか。
菅井氏 現在までに12パネル156株が公開され、ホームページから入手可能です。今後もさまざまなパネルの公開を予定しています。また、米国のCDC(米国疾病予防管理センター)が同様のパネルを作っており、当センターが日本の受け入れ先になっています。日本の企業や研究者からリクエストがあれば、当センター経由で提供が可能です。
海外のサーベイランス事業を支援
海外に向けた取り組みにはどのような活動がありますか。
菅井氏 当センターは2021年、AMRの動向調査と研究に関するWHOの支援センターに指定されました。その流れで、海外版JANISの利用促進、三輪車サーベイランスの技術支援、AMRのアウトブレイク対応のガイダンスという、3つのプロジェクトを行っています。

図4 ASIARS-Net in action
海外版JANISとはどのようなものですか。
菅井氏 海外版JANISは、任意の国が活用できるように改修し英語化したJANISをベースとしたWebシステム(ASIARS-Net)を海外で使ってもらおうという試みです。欧米では大規模なナショナルサーベイランスが動いていますが、アジアは日本・中国・韓国を除き、特に東南アジアは空白地帯になっています。そこで、こうした国々が独自にサーベイランスを行うための支援として、ASIARS-Netを始めました。既存のパソコンのWebブラウザを使って利用でき、環境構築のためのコストや手間も抑えられます。現在はタイやベトナムなどで導入が進んでいます(図4)。
ASIARS-Net:ASIan Antimicrobial Resistance Surveillance Network
ほかの2つの支援についても教えて下さい。
菅井氏 三輪車サーベイランスに関しては、参加や支援を希望する国に技術者を派遣して、現地指導を行っています。実際にサーベイランスも行い、得られた菌株は日本でゲノム解析し、さらに現地でも一緒に解析して、可能であればGLASSに登録します。現在までにマレーシアやインドネシア、ベトナムなどで技術支援を行いました。またアウトブレイク対応については、WHOによる西太平洋地域向けのガイダンスに基づいて、アジア諸国でトレーナーの訓練を行っています。
ナショナルデータを得るという意義
改めて、AMRサーベイランスの意義や有用性をどうとらえていますか。
菅井氏 サーベイランスにより、日本のきちんとしたナショナルデータを得られることには大きな意義があると考えています。実際にどんな耐性菌が日本で問題になっているのか、あるいはなっていないのか、基礎的な知見を明らかにすることは、国策としてAMR対策を進めるうえで非常に重要です。
またJANISに関していえば、結果を各参加施設にフィードバックすることで、感染対策に利用してもらえるという、現場にとってのメリットもあると思います。それをさらに進めたのがJ-SIPHEで、抗菌薬の使用状況や手指消毒剤使用量などの感染対策情報も併せて見ることで、より具体的な感染対策につなげることができます。
日本のサーベイランスならではの特徴などはありますか。
菅井氏 日本では、個々のサーベイランス(例えば耐性菌のサーベイランス)は、システムとしてはたしかに大きなものが動いています。ただその一方で、感染症の疾病負荷や経済的負荷などを測るシステムは、まだ十分とはいえません。英国などはそうしたサーベイランスを上手に利用して、疾病負荷を明らかにしています。国によって一長一短があるといえますね。
望まれるのは患者臨床情報も統合した解析
今後の課題やめざす方向性などはありますか。
菅井氏 現在ではJANISで細菌の薬剤感受性情報が、またJARBSでゲノム情報が得られるようになりました。ここにDPC(診断群分類包括評価)などから患者の臨床情報、例えば予後や臨床背景、医療コストなどのデータが得られれば、この3つを統合解析することで、AMR感染症の疾病負荷や経済的負荷がどれぐらいあるかがわかります。これらは政策立案における基礎的データとなり、ひいては公衆衛生の向上につながると考えられます(図5)。とはいえ、実現のハードルはまだ高いのが現状で、今後チャレンジしていくべき課題と考えています。

図5 これからのAMRサーベイランス
最後に、現在特に注目している取り組みがあれば教えて下さい。
菅井氏 下水のサーベイランスですね。コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどを、下水のサーベイランスを使って早期に検出する試みは、世界的に注目を集めています。最近は対象が耐性菌にも広がりつつあり、ヨーロッパでは年2回の下水サーベイランスが議論されています。ひるがえって、われわれが今注目しているのはVREです。日本ではVREはほとんど出ないのですが、今少しずつアウトブレイクが増えています。これを下水を使って早期検知できないかということで、昨年からある地方自治体とパイロット研究を始めました。実際、アウトブレイクが起こっている地域では、下水でもVREが検出されています。こうしたサーベイランスを、早期検知から警鐘を鳴らすための仕組みとして使えないか、検討しているところです。
(この記事は、2025年1月6日にオンラインで行ったインタビューをもとに作成しました)
出 典
- 1)Kayama S, et al: Nat Commun 14; 8046, 2023
- 2)Hisatsune J, et al: Nat Commun 16; 2698, 2025
- 3)Kayama S, et al: JGAR 38; 12-20, 2024
- 4)Ikenoue C, et al: BMC Infect Dis 24; 2024
- 5)Segawa T, et al: Antimicrob Agents Chemother 68; e0171623, 2024