静岡県立こども病院 Shizuoka Antimicrobial Team(SAT)
第1回 AMR対策普及啓発活動「薬剤耐性へらそう!」応援大使賞受賞このコーナーでは、AMR対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動をはじめ、各地のAMR対策活動をご紹介します。
第一回は、「薬剤耐性へらそう!」応援大使賞を受賞した静岡県立こども病院 Shizuoka Antimicrobial Team(SAT)を取り上げます。同プロジェクト立ち上げからの中心メンバーである静岡県立こども病院小児感染症科の荘司貴代氏に、具体的な活動内容と効果、そして院内から地域へと対策を拡大しつつある現状、今後の展開を伺いました。
「第1回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰」における優良事例の表彰決定及び表彰式の実施について(内閣官房)
静岡県立こども病院「SAT」の取り組み
1台のPHSから始まった
静岡県立こども病院の院内AMR活動「Shizuoka Antimicrobial Team(SAT)」が始まったのはいつ頃でしょうか?
荘司氏 当院に私が赴任したのは2014年のことですが、その数年前から耐性菌の増加が問題となり始めていたようです。「なんとか対策を立てなければいけない」という雰囲気が高まりつつあるタイミングで着任しました。前職の東京都立小児総合医療センター時代にASP(Antimicrobial Stewardship Program)の立ち上げを学んだ経験が、同じ小児病院である当院でも役立つと評価され採用されたのだと思います。
略 歴
2002年 東京女子医科大学卒業、同大学病院小児科、感染症科、および東京都立小児総合医療センター感染症科に勤務。2014年に静岡県立こども病院に赴任、翌年より小児感染症科医長。日本小児科学会、日本小児感染症学会、日本感染症学会、欧州小児感染症学会、米国感染症学会などに所属。小児科専門医、感染症専門医。「抗菌薬の乱用と耐性菌を何とかしてほしい」というのが、当時の院長からの指示でした。そのために我々が最初にしたことは、感染症に関わる相談窓口を一本化すること、そして後に内閣官房から賞をいただくことになるSATを発足させることでした。
SATはどのような活動から始められたのですか?
荘司氏 まず、院内のPHSを1台用意してもらいました。それを私と集中治療科の医師2名、計3名で当番を決め、日中必ずつながるようにしたのです。そして感染症治療に関することならどんなことでもコンサルテーションに応じるという体制を作ることがスタートでした。その1台のPHSは「SAT call」と呼ばれるようになり、院内に定着していきました。
SAT callは頻繁にかかってきたでしょうか?
荘司氏 当初は1日に平均3~4本ぐらいのcallを受けていたと思います。当時、多くのドクターが広域抗菌薬を汎用していたので、それを狭域に変えていく、いわゆるde-escalationのお手伝いをすることが主な業務でした。
広域抗菌薬の処方ドクターには3日以内に連絡
荘司氏 そのような活動を開始し半年ほどたった頃、薬剤科のSATメンバーが、月々のデータ集計で、広域抗菌薬処方が多い診療科と担当医を報告してくれるようになりました。それを参考にして、話しやすそうな医師には直接アドバイスするようにしていきました。面識がない場合は個人攻撃にならないように、その担当医のいる診療科のカンファレンスに押しかけました。特に手術のために会う機会が少ない外科診療科が多かったです。カンファレンスでは「感染症診療に困ったら遠慮なくなんでもSAT callに相談してほしい」と伝えました。また新任医師に対してはチラシを配ってSAT callのアピールをしました。
そしてスタートから1年が経過した2015年10月、カルバペネム、PIPC/TAZ(ピペラシリン/タゾバクタム)、バンコマイシンを使っているドクターには、必ずSATのほうから連絡をさせていただくというルールにしたのです。PHSに電話がなくてもこちらのほうから行きますと。現在では、広域抗菌薬が処方された患者さんの担当医には3日以内にSATから連絡をとらせていただいています。
ドクターの反応はどうでしたか?
荘司氏 部門によりけりですね。すぐに理解してくださる診療科もありますし、なかなか難しい部門もありました。しかし院内アウトブレイクの発生で雰囲気が変わりました。「子どもたちの治療のために、耐性菌と闘わなければいけない」ことが共通認識されたようです。
しかしそれでも広域薬を狭域に切り替えることの戸惑いは続きました。De-escalationが必要なことは理解しても、自分の患者の抗菌薬を狭くして「この人、この子は本当に大丈夫なのだろうか?」「なにかあったら大変」という不安です。
そこで私はそれから毎日、回診に同行するようにしたのです。De-escalationしたことにより具合が悪くなっている患者はいないかを、病棟主治医とともに一緒に確認するようにしました。「患者を治したい」という思いはSATも主治医も同じです。私たちSATが主治医のより近くに立つことで、主治医の不安やストレスを軽減できると考えたのです。
カルバペネムは3年で10分の1に減少。抗菌薬コストは2,000万円削減
SATの効果は表れていますか?
荘司氏 例えば、SATを始める前、カルバペネムのDOT※は約30だったのですが、今は3です(補足:本インタビューの後、2017年11月にはカルバペネムのDOTが‘0‘に到達)。
※ DOT:day of therapy.1,000病床・人・日あたりの薬剤使用日数。
3年で10分の1ですか?
荘司氏 そういうことになります。この結果、カルバペネム耐性緑膿菌の検出率は22%から7%に減少しました。カンジダや多剤耐性グラム陰性桿菌も検出されなくなりました。抗菌薬のコストも年間2,000万円削減できました。
治療アウトカムへの影響はなかったのでしょうか?
荘司氏 一つの指標として、院内死亡数をみてみますと、当院では残念ながら年間40名ぐらいが亡くなられるのですが、その数はSATの活動の前後で大きく変化していません。
そのような素晴らしい成果が評価されて内閣官房から受賞されたのですね。成功のポイントは何だとお考えですか?
荘司氏 一つは当院が小児専門病院のため活動しやすかったということは言えます。医師の「子どもたちを助けたい」という思いは非常に強く、メディカルスタッフや事務スタッフも同様で、一致団結できる雰囲気がありました。どんどん成長していく子ども達の現在だけでなく将来をも守りたいという情熱は、成人を診療する病院にはない特徴だと思います。
私自身のことで言えば、SATの業務にある程度、自分の時間を当てることができたからだと思います。ICT(Infection Control Team)のある病院は少なくないですが、そのリーダーシップをとる医師は多くが感染症専門医ではありません。呼吸器や循環器など他専門領域で診療しており感染対策は兼務状態です。専門ではない感染対策に加えて、抗菌薬適正使用によるAMR対策にまで時間を割くことは困難と聞いています。
私もやはり今も総合診療科と兼務なのです。当初はSATに当てる時間が少なかったのですが、AMR対策の重要性が評価されるにつれ、自分で使える時間が確保できるよう融通してもらえるように変わってきました。やはり、時間をとらなければこれだけの結果は出せなかったと思います。そういう意味で病院には感謝しています。
- 病院幹部のバックアップ
- ICT(Infection Control Team)から独立した組織づくり
- コンセンサスの形成、衝突の回避
- 薬剤科と細菌検査スタッフの協力
- 業務負担の解消
- リスクが低い患者、協力を得やすい診療科から開始
- 抗菌薬マニュアル(表2)の導入
- 上気道炎・気管支炎・下痢症に抗菌薬を処方しない
- 3歳未満では溶連菌検査は原則考慮しない
- 3歳以上でもウイルス性症状の児には溶連菌検査をしない
- 急性中耳炎に対する Watchful Waiting(処方延期)
- セファレキシンを採用(皮膚軟部組織感染症)
- 肺炎球菌性肺炎、急性中耳炎、副鼻腔炎にアモキシシリン90mg/kg/日、溶連菌性咽頭炎では同40mg/kg/日
- マクロライドは百日咳・マイコプラズマLAMP確定例に限定
市中感染する耐性菌は減らせていない
では、AMR対策は一段落したという感じでしょうか?
荘司氏 まだやらなければいけないことはたくさんあります。一つは、手術部位感染予防抗菌薬の投与期間が長いことが問題です。現在は手術室を出たら抗菌薬は中止することが一般的です。しかし創部感染症を心配して外科医は術後も2~3日継続しています。今後、外科系の先生方とよく相談して、安全に短縮していければと思っています。
それともう一つは、SATの効果が認められていない耐性菌への対策です。具体的には、肺炎球菌、大腸菌、黄色ブドウ球菌という主に外来で検出される耐性菌です。これら、街中で生活している人の健康を脅かす菌種の耐性の割合は、全く減っていません。これらの耐性菌を減らすには、自分が勤める病院の中にいたのでは有効策を立てられず、病院から外に出ていく必要があります。それが地域でのAMR対策「AAS」につながっていきます。