列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

抗菌薬適正使用普及のためのグラム染色検査の実施とその結果を患者教育に活かす取組み

第1回 AMR対策普及啓発活動 厚生労働大臣賞
2018年7月

 薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動を中心にご紹介している本コーナー、第三回は、「厚生労働大臣賞」を受賞した、奈良県橿原市のまえだ耳鼻咽喉科クリニックの活動を取り上げます。「グラム染色」に取り組むことになったきっかけから、実際の運用状況と現れた変化について伺いました。

「第1回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰」における優良事例の表彰決定及び表彰式の実施について(内閣官房)
前田 稔彦 氏、前田 雅子 氏
まえだ耳鼻咽喉科クリニック
前田 稔彦まえだ としひこ(まえだ耳鼻咽喉科クリニック 院長、写真右)

略 歴 1991年 兵庫医科大学卒業、同年 奈良県立医科大学耳鼻咽喉科入局。市中病院勤務を経て2003年 まえだ耳鼻咽喉科クリニック開院。耳鼻咽喉科専門医、抗菌化学療法認定医、臨床内科認定医、漢方専門医。

前田 雅子まえだ まさこ(まえだ耳鼻咽喉科クリニック 薬剤師、写真左)

略 歴 1988年武庫川女子大学薬学部卒業。市中病院勤務を経て2003年よりまえだ耳鼻咽喉科クリニック勤務。小児薬物療法認定薬剤師、漢方薬・生薬認定薬剤師、衛生検査技師。

「街の耳鼻咽喉科」がグラム染色を始めるまで

きっかけは“たかが風邪”

まずは、まえだ耳鼻咽喉科クリニックの概要からお聞かせください。

稔彦氏 当院は2003年に耳鼻咽喉科・アレルギー科として開業しました。もともと実家が耳鼻科だったことから自然とこの道を志すようになり、加えて東洋医学の専門医も持っていることから、漢方にウエイトを置いた耳鼻科診療を志し開業しました。平均的な耳鼻科開業医のスタイルで、花粉症、副鼻腔炎、中耳炎、外耳炎、耳垢除去、咽頭異物除去、めまい、耳鳴り、補聴器の相談など、地域住民のかかりつけとして日々診療しています。

雅子氏 患者さんは生後2か月の赤ちゃんから100歳を超えたお年寄りまで幅広く来院されます。子ども好きな職員が多い影響もあるのか、子どもの来院が多いかもしれません。最近、高齢者が増えたようにも感じているところです。

グラム染色に取り組もうと思われたきっかけを教えてください。

稔彦氏 私はもともと風邪には漢方が一番効くという考えでしたが、実際に診療を始めてみると、とくにお子さんで漢方薬は飲めないとよく言われました。開院当初は患者さんが一日に数人しか来院しない状況でしたから、そのように言われることが続くと、こちらもだんだん診療に自信がなくなってきます。それで徐々に抗菌薬を処方する機会が増えていきました。

雅子氏 私は開業当初は別の病院で薬剤師として勤務していましたが、開院からしばらくして当院を手伝うようになりました。クリニックで勤めてみると、明らかに軽症な、鼻水は垂らしているけれど走り回れるほど元気な子どもたちに抗菌薬が次々と処方されることを目にして、果たしてこれほど抗菌薬が必要なのかということに疑問を抱くようになっていきました。

稔彦氏 その頃の私は、中耳炎や副鼻腔炎になったら即、抗菌薬と思っていて、どの抗菌薬を出すかで少し悩むくらいのものでした。

雅子氏 抗菌薬で症状が改善しないとその種類が変更されます。そうすると、患児の保護者は「今日はまた別の薬ですがなぜですか?薬を飲んでもあまり変わらないように見えますが本当に必要なのでしょうか?」と私に説明を求めてくるのです。風邪などの患者さんから「抗菌薬を飲んでいるのに治らない」と面と向かって言われるのは、重病で入院中の患者さんに「治らない」と言われるより私にとってショックでした。

 そのため、最初は抗菌薬の服薬遵守や用量設定の徹底を目指して用量対応表を作成したり、PK/PD(薬物動態/薬力学)の違いから服薬タイミングを工夫したりもしてみました。また、当院独自のアンチバイオグラム表示ソフトを作成し、それを参考に抗菌薬を選択することもしてみました。しかし、目に見える成果はあがらず、患者さんからは抗菌薬の効果を疑う不信の声も続きました。“たかが風邪”の服薬指導ができない自分にも苛立ちを感じるようになり、服薬指導にどんどん自信を失っていきました。

 こうして悩んでいた時、本当に偶然、感染症治療に関する動画を目にしました。感染症コンサルタントで米国感染症専門医でもある、青木眞先生のセミナーです。「その症状に抗菌薬は必要なのか?」という語りに目が釘付けになりました。食い入るように見ていると、「グラム染色」が出てきたのです。学生時代、実習で経験はあるものの、それは細菌検査室がやる検査と思っていました。しかしグラム染色の結果は交通事故で言えば現場検証と同じ。リアルタイムに外来で活用するのが基本だという話でした。私は「これはすごい! うちのこの状況を打開するにはこれしかない!」と思いすぐ院長に相談したのです。しかし、その時は強く反対され、導入には至りませんでした。

院長はグラム染色の導入に当初なぜ反対されたのですか?

稔彦氏 私ももちろん学生時代、グラム染色については習っています。でも自分でグラム染色をして菌名まで推定できるというような教育は受けていません。グラム染色は細菌学で分類の時に使う手法であって、臨床に活かせるようなものではないというイメージを持っていました。それに、たとえば実施してみて間違えたら誰が責任を取るのか? ただでさえ患者さんが少ないのに、他院がしていないことをやり始めて変な噂が立ったらますます患者さんが減るのではないか? グラム染色を活用した診療を患者さんが受け入れてくれるのか? など、いろいろな不安が頭に浮かんでいました。

雅子氏 しばらくの間は、二人きりになるとその話になるのですが、結局、険悪なムードになって立ち消えます。でも日々の服薬指導は相変わらず苦しい。この状況が半年くらい続いた頃、今度は病院薬剤師会が主催された感染症の講演を聴講する機会がありました。その講演で、病院勤務医の先生がグラム染色を実際に臨床に活かしていると話されたんです。さらに、肺炎球菌とブドウ球菌のグラム染色像を示しながら、「慣れたら誰でも見分けがつく」とおっしゃっていました。実は私も検査技師の資格は大学卒業時に取得していましたし、当院でエオジン染色(好酸球と好中球を見分ける検査)の担当はしていましたので、顕微鏡に抵抗はありません。院長がしないならば私がやると言ったことでようやくOKが出て、一番安い顕微鏡を一台買ってもらい2004年の年末からトレーニングを始めたのです。

トレーニングはどのような方法で行いましたか?

雅子氏 耳鼻科には鼻水や耳漏の患者さんがたくさん来ますから、検体には事欠きません。グラム染色で検査すると同時に検査センターに依頼し、それらの結果が一致するかどうか照らし合わせるというトレーニングを半年ほど行いました。その間、院長が以前勤めていた病院の検査技師さんが耳鼻科でよく見る細菌の検体標本を見せに来てくれたり、私の昔の勤めていた病院に行って技師さんと一緒に、顕微鏡をのぞきながら教えていただいたりもしました。講習会などに行くたびに感染症関連の先生方に色々質問もしました。検査センターとほぼ一致した結果を出せるようになった段階で、少しずつ臨床に使ってもらえるようになりました。

 トレーニングと並行してインターネットでも情報収集をしていました。2007年にはグラム染色の専門サイトの管理者から県外で開催される新人微生物検査技師講習会をご紹介頂き、参加することができました。そこでは、私たちがずっと気にしていたこと、とりわけ「そもそも鼻汁をグラム染色する意味があるのかどうか」について、微生物検査の専門家にご意見を聞きたいと思っていたんです。

稔彦氏 鼻汁をグラム染色するという報告は調べてもほとんど出てきません。私も耳漏を培養検査に出すことは以前からありましたが、鼻汁ではしていませんでした。鼻汁は外気に触れますから、あまり意味がないと考えていたのです。

雅子氏 それで相談してみたら、「意味あると思います。微生物検査技師でも1日中鼻汁ばかり見ている人はいないのでデータがないだけです。あなたがやってみたらどうですか」とおっしゃってくれたのです。さらに「それで何かわかったら教えてくださいね」とも。うれしかったですね。モニターつきの顕微鏡を買い直すことに踏み切れたのは、この講習会のおかげです。専門の技師さん達から励まされて「この方法を続けても良いんだ!」と思えたことが大きかったです。

導入にはどの程度のコストがかかりましたか? また、通常診療の中で、具体的にはどのような流れでグラム染色を行っているのでしょうか?

稔彦氏 グラム染色に必要な設備は、顕微鏡、検体採取用の綿棒、スライドガラス、吸引管、試薬だけです。顕微鏡は安価な機種であれば10万程度で購入できますし、モニターをつけても100万はかかりません。耳鼻科は日常的にエオジン染色を行っている施設も多いと思いますが、流し台さえあればグラム染色もできます。医療従事者側の学びになりますし、患者さんへの指導にも役立つので、かかる費用以上に有用と感じています。

 グラム染色を活用した診療ですが、下記の流れで行います(図1)。

  1. 医師が診察し、細菌感染を疑い抗菌薬治療が必要と考えた場合、鼻汁・喀痰・耳漏を採取
  2. グラム染色のオーダー用紙に記入(図2
  3. 医師が検体をプレパラートに塗布(スメア作成)
  4. 固定・グラム染色・検鏡はメディカルスタッフ(看護師、検査技師、薬剤師)が実施
  5. 顕微鏡像は医師とスタッフでダブルチェック。オーダー用紙にグラム染色の結果を記入後、医師が総合的に診断
  6. 診断後、患者さんへの顕微鏡モニターを見せながらの説明(図3)と服薬指導を実施。基本的に薬剤師が実施するが、最近では、医師や検査技師も説明している
図3 診療の流れと診察室内の配置

図1-A 診療の流れ

図3 診療の流れと診察室内の配置
図1-B 診察室内の配置
図2 グラム染色のオーダーシート
図2 グラム染色のオーダーシート
試行錯誤の末、現在の様式になった。医師による「推定菌種」の記入欄を用意している
図3 グラム染色エリア
図3 グラム染色エリア
診察室内に設置された顕微鏡モニターを見ながら患者さんへの説明を行う。
視覚的に説明できるグラム染色像は、有用なコミュニケーションツールにもなっている

 患者さんには染色・検鏡をしている間に吸入をしてもらったり、待合室で待機いただきます。染色にかかる時間は5分程度ですからそれほど長く待たせることはありません。染色作業はスタッフが行い、私は次の患者さんを診ていますから診察が止まることもありません。結果を待つ時間はレントゲン撮影やインフルエンザ迅速キットより短いと思います。説明には専用シート(図4)を使い、わかりやすい解説を心がけています。この説明シートは患者さんに持ち帰ってもらいます。

図4 患者さんへの説明用シート

図4 患者さんへの説明用シート
図4 患者さんへの説明用シート
イラストを交えた親しみやすい印象で患者教育に役立っている

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