ソシアルネットワークで取り組む感染症危機管理活動
第1回 AMR対策普及啓発活動 文部科学大臣賞「第1回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰」における優良事例の表彰決定及び表彰式の実施について(内閣官房)
「東北感染症危機管理ネットワーク」の活動とは
社会的な問題であるAMR対策だからこそ、“ソシアルネットワーク”で取り組む
まずは、東北大学が中心となって取り組まれている「東北感染症危機管理ネットワーク」について、お伺いします。同ネットワークが形成された経緯からお話ください。
賀来氏 AMRを含む感染症の問題は、個人や一医療施設の中だけにとどまらず、社会全体の問題と考えて取り組んでいく必要があります。院内や市中へと拡大する可能性がありますし、輸入感染などの問題もあります。人や物がさまざまな所へと行き交うグローバル化、ボーダレス化が進んだ現代では、人から人への感染はもちろんのこと、動物から人への感染や、環境から人への感染が、またたく間に広範囲に広がってしまうこともあります。とくにAMRに関しては、発症しない保菌者により耐性菌が知らぬ間に世に広く蔓延する「サイレント・パンデミック」という事態も危惧されています。こうした感染症の特性から、大学、高齢者施設を含む様々な医療機関、行政、地域社会がともに連携して、いわゆる「ソシアルネットワーク」を形成して社会全体で感染症管理に取り組んでいこうと考えたのが、東北感染症危機管理ネットワークを形成するに至った背景です。私が発起人となり、1999年8月に東北大学を中心とした本ネットワークを開設し、以来、約20年間継続して活動を行ってきました。
この活動の特徴の1つに、医療従事者だけでなく、広く一般の方々やメディアにもご協力いただいて活動を推し進めているという点が挙げられます。感染症は誰にでも起こりうるもので決して特別な疾患ではありません。一般や行政の方々にも、AMR含め感染症の正しい知識を身に着けていただき、みんなに共通する問題として自ら考え正しく行動してもらうための基盤、いわばプラットフォームを私たちが提供するために日々努力しています。
具体的には、どのような活動を行っているのでしょうか?
賀来氏 大きく4つのアクションプランを掲げて、活動しています。
- 感染症の情報を共有化しまた情報提供すること
- 感染症対策を連携し協力して行うこと
- 感染症対策を支援すること
- 感染症予防を率先する人材を育成し、教育や啓発を行っていくこと
です。こうした活動がソシアルネットワークのなかでうまく結びついていくよう、連携して取り組んでいます(図1)。
1.の「情報の共有化、情報提供」について、取り組みの詳細をお話いただけますか。
賀来氏 感染症対策の講習会を定期的に開催したり、関連するマニュアルやガイドブックをWebサイトで公開するなど様々な形で情報共有・提供を行っていますが、中でも特徴的なのは「地域ネットワークにおける情報共有」に力を入れている点だと思います。耐性菌の種類や発現頻度には地域特性があります。東北と関東で異なるのはもちろん、同じ東北エリアでも地域によって明らかな違いが見られます(図2、3)。このように地域ごとの状況を把握・共有し、地域全体の医療関連施設が連携して対策するためのプラットフォームとして東北感染症危機管理ネットワークは機能しています。この情報共有は、はじめは東北地区の基幹病院18施設が集まるところから始まりましたが、その後、多数の施設が自主的に参加するようになり、今では同地区の100施設以上が参加する勉強会なども開催できるようになりました。
図3を見ると、同じ宮城県内でも医療施設によって感受性にはかなり違いがあるのですね。なかには耐性菌の割合がかなり高くなっている施設もあるようですが、こういった施設はほかとどのような点が異なるのでしょうか。
賀来氏 例えば東北大学では抗菌薬を多く使っていますが、耐性菌の出現率は必ずしも高くありません。抗菌薬の適正使用はもちろん重要ですが、患者さんの持ち込みやそこからどう広がったか、手洗いなどの感染対策上の問題、医療従事者の移動など、複数の要因が影響していて、抗菌薬を多く使用している機関だから耐性菌が多いとは限らないと考えています。こういった点が耐性菌を制御する際、とくに難しいところです。私たちが19年間取り組んできたなかでも、これだけやれば耐性菌は防げるという方法はなく、さまざまな側面から総合的にリスクを減らし少しずつ耐性菌の割合を下げていくことが重要だと感じています。
こうした地域特性に対して対応するのが、「地域ネットワークにおける情報共有」なのですね。
賀来氏 はい。地域の感染症専門医の数は限られていますが、東北感染症危機管理ネットワーク内で情報共有することで、地域全体で感染症対策の重要性を認識するとともに、問題点を洗い出しネットワーク内で対策を講じることができるというメリットがあります。例えば、地域の医師には、図2、3のように地域ごとに異なる抗菌薬への感受性情報などを踏まえたうえで抗菌薬を使っていただくのが理想的です。
この一環として、2003年にはネットワーク内の93施設が中心となって地域版の抗菌薬使用ガイドラインを発表しました(図4)。本ガイドラインでは、地域での耐性菌発現状況の違いなども提示しているのですが、これは先生方から非常に好評をいただき、臨床に役立てていただきました。また、各施設への個別の支援にもさまざまに取り組んでおり、それぞれの施設に対して院内感染症対策の視察・指導なども行っています(インフェクションコントロールラウンド)。
視察・指導では、具体的にどのようなことを行うのですか。
賀来氏 感染症対策に精通した大学の教官やスタッフが、地域の中小病院や診療所を訪問します(図5)。そして、患者さんが施設内に入られてから出られるまでその動線を踏まえながら、感染症対策が十分に講じられているかを、チェックリストなども用いながら確認します。外来、入院病棟、汚物処理室、病棟など施設全体をくまなく2~3時間かけて見回ります。例えば、点滴調整台が空調の下に置かれていれば風に乗って病原菌が入りやすいことを指摘するなど、ハード面とソフト面の双方について細かなチェックを行います。そしてその現場で改善点や工夫についてディスカッションし、それぞれの対策を講じるようにしています。
―般の方々には、どのような教育・啓発を行っていますか。
賀来氏 子供は感染しやすくその影響も大きいこと、また幼少時から正しい知識を得て感染を防いでいけるよう、その教育には特に力を入れています。一例を挙げると、地域の子供たちやその父兄を対象として、微生物学の基礎や、微生物がどのようにヒトと共存しているか、また手洗いの重要性などを教育する「キッズ感染症セミナー」をほぼ毎年開催しています(図6)。東北大学内で開催するだけでなく、小学校や保育園に出向いて出張講座としても行っています。
本セミナーでは、微生物のコロニーを観察したり、自分たちの鼻や口から検体を採取しそれをグラム染色して顕微鏡で観察したり、手洗い後の洗い残しを蛍光試薬により実際に目で確認するなど、微生物を身近に感じられるように工夫をしています(図7)。普段は目にできない微生物を見ることは、とても印象的に映るようです。また、手洗いの重要性を啓発するアニメーションDVDも制作・配布しています(図8)。こうした経験を通じて、子供たちには微生物を身近に感じ、手洗いの重要性、さらに感染リスクや感染症予防の大切さを理解していただければと考えています。実際、この体験を通じて手洗いに励むようになった子も多く、教育現場からもご好評をいただいています。
キッズ感染症セミナーでは、AMRについても教育するのですか。
賀来氏 もちろんです。抗菌薬が、病原菌だけではなく、人体に良い影響を与える微生物も殺してしまうことや、ウイルス感染に抗菌薬は効かないことなど、AMRについての正しい理解を促しています。