都内表層水の薬剤耐性菌の調査と薬剤耐性菌についての知識の普及活動
第2回AMR対策普及啓発活動 文部科学大臣賞薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動をご紹介します。第7回は文部科学大臣賞を受賞した、中央大学全学連携教育環境プログラム西川ゼミの取り組みをご紹介します。西川ゼミは、都内を中心とした主要河川や公園の池の水を対象に、環境中の薬剤耐性菌の実態を調査し、日本水環境学会、学園祭、マスメディアなどで発表しています。本ゼミを率いる西川可穂子先生に、研究のきっかけや研究内容などについてお話を伺いました。
「第2回薬剤耐性(AMR)対策普及啓発活動表彰」における優良事例の表彰決定及び表彰式の実施について
生態・環境微生物、化学物質による生態影響評価をご専門に、中央大学商学部のほか、
厚生労働省国立医薬品食品衛生研究所客員研究員として活躍されています。
写真は中央大学全学連携教育環境プログラム・西川ゼミの皆さんと。
きっかけは「カテーテル感染」への疑問。
市民に身近な水辺環境を、いち早く研究対象に。
ゼミの学生たちと取り組んだ、薬剤耐性菌調査
先生が環境中の耐性菌について興味を持たれたきっかけを教えてください。
西川氏 防衛医科大学校に勤めていた頃、抗菌カテーテルを使用しているのに、なぜ中心静脈カテーテル感染(血管内に留置されたカテーテルに関連して生じた感染症)が生じるのか、疑問を持ったことがきっかけです。私は医師ではなく生物学の研究者ですが、抜去したカテーテルを電子顕微鏡で観察するなどして、院内感染について勉強しました。そして、十分に対策をしているはずの病院施設内で感染が絶えないのは、外来から菌が持ち込まれることが原因の一つではないかと考えたのです。救急車で搬送され、ICUに入る患者さんによる病原菌の持ち込みが少なくないという印象が、当時からありました。そこで、院内感染を防ぐためには、病院内の対策と共に市中感染が重要なファクターになるのではないかと考えたのです。
市中感染の中でも、河川に注目されたのは、なぜでしょうか。
西川氏 歴史を遡ると、過去の赤痢菌の流行には環境衛生が関係しており、水感染の依存度が高いことが知られています。現在では、河川の水をそのまま飲むことは考えられませんが、日本の河川は、流れが急でさまざまなものを運搬する能力が高いです。河川中の薬剤耐性菌がヒトの健康にどのような影響を与えるのか、まだ明確にわかっていませんが、もしも河川に薬剤耐性菌が存在しているとすれば、市民が接触するリスクは高く、不顕在感染の要因になる可能性が否定できません。そこで、私のゼミでは今まであまり調査されてこなかった、日常生活で身近な河川や池の環境菌を中心に調べてみることにしました。
薬剤耐性に関する研究報告数の推移を調べたところ、河川における薬剤耐性菌の研究は2003年では年100件程度でしたが、2016年には400件近くに増え、発展途上国も含め世界中で危機感を持って行われています。2015年に世界保健機関(WHO)の世界保健総会で、薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プランが採択され、環境中における薬剤耐性菌に注目が集まったことも影響しているでしょう。とはいえ、病院における研究報告が2014年には年3,000件を超えていたことに比べると、桁違いに少ないのが現状です。
また、河川の研究では、これまでも薬剤耐性を持つ大腸菌については調べられてましたが、環境菌を対象にした調査はほとんど実施されてきませんでした。一般的に、寒天培地で培養できる環境菌は、全体の1%と言われごく一部です。その他の99%を占める環境菌の薬剤耐性の状況がどのようになっているのか知りたいと思ったのも、研究をはじめた動機の一つです。耐性遺伝子は種を超えて水平伝播しますから、大腸菌や感染菌だけの検討では、環境水の実態を知るには十分ではないと考えています。
どのような調査をされましたか。
西川氏 調査は2015年に開始し、現在も実施しています。野外の環境水を採取し、まずは培養可能な菌を分離し、その一つひとつの分離菌について、6種類の薬剤を用いた感受性試験(ディスク法)を用いて薬剤耐性を調べています。同時に、試料水から直接DNAを抽出し環境DNAを得て、環境菌の薬剤耐性に関する情報を調査しています。環境DNAの解析は、国立医薬品食品衛生研究所 鈴木孝昌先生との共同研究で進めております。
西川ゼミによるサンプリング調査の様子。西川先生の指導のもと、
学生の皆さんで東京都内を中心とした全20カ所の河川や池を回り、表層水を採取し調査しました。
私たちの身近な河川や池から、薬剤耐性菌は検出されたのでしょうか。
西川氏 2015~2017年に、東京都内を中心とした主要河川と池の水を対象に行った20カ所の調査の結果をご紹介します。すべての調査地点で、薬剤耐性菌が検出されました(表1)。アンピシリン<ペニシリン系>10μg とスルバクタム<β-ラクタマーゼ阻害剤>10μg の合剤(SAM20)については20カ所中17カ所から耐性菌が検出され、分離した全86株中55株が耐性(約64%)でした。クラリスロマイシン<マクロライド系>15μg (CLR15)については20カ所中19カ所から耐性菌が検出され、全86株中46株が耐性(約54%)でした(表2)。さらに、2剤以上に耐性を持つ菌も42株と、全体の49%に及び、3つ以上の薬剤に耐性を持つ菌が16株(18%)、4つ以上では5株(6%)が検出されました。
一部同定できた分離菌の結果を整理すると、病原菌から環境菌までさまざまな領域の菌において、薬剤耐性があることが示されました(表3)。今回検討できたのは、寒天培地で培養できた菌のみですので、環境中にある薬剤耐性菌のほんの一部と考えられますが、それでも、いろいろなことが見えてきました。