休日夜間急患センターで小児の経口抗菌薬適正使用を推進
第3回AMR対策普及啓発活動 厚生労働大臣賞
このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動をご紹介しています。第12回で取り上げるのは、「兵庫県の休日夜間急病センターにおける小児に対する経口抗菌薬適正使用に向けた取り組み」で厚生労働大臣賞を受賞した、HAPPY Trial Research Teamの活動です。同チームは県内2カ所の小児休日夜間急患センターにおいて、経口抗菌薬の処方動向を調べ出務医師に対するフィードバックを行ってきました。同チームの取り組みについて、兵庫県立こども病院感染症内科部長の笠井正志先生とメンバーの皆さんにお話を伺いました。
兵庫県立こども病院感染症内科部長
略歴 1998年富山医科薬科大学卒業、同年淀川キリスト教病院小児科、2003年千葉県こども病院麻酔・集中治療科、2004年長野県立こども病院集中治療科、2009年社会医療法人丸の内病院小児科、2011年長野県立こども病院小児集中治療科副部長を経て、2016年より現職。
兵庫県立こども病院感染症内科部長
略歴 1998年富山医科薬科大学卒業、同年淀川キリスト教病院小児科、2003年千葉県こども病院麻酔・集中治療科、2004年長野県立こども病院集中治療科、2009年社会医療法人丸の内病院小児科、2011年長野県立こども病院小児集中治療科副部長を経て、2016年より現職。
「子ども達の未来を守り抜く」、そんな気持ちで臨んでいます。
(写真は岡山城にて撮影)
急患センターをターゲットにモニタリングを開始
地域全体の処方動向をワンストップで把握
最初に、HAPPY Trial Research Teamを立ち上げた経緯を教えてください。
笠井氏 2016年から厚生労働科学研究費補助金「小児における感染症対策に係る地域ネットワークの標準モデルを検証し全国に普及するための研究」(2017~2019年度、班長:宮入烈。以下、厚労科研宮入班2017₋19)の共同研究者を務めることになり、その一環として始めたのが今回の取り組みです。以前から、地域における小児の抗菌薬使用状況を調べ、何かしら介入する必要性は感じていましたが、病院は注射用抗菌薬がメインで、またすでに多くの研究が行われています。一方、日本では小児に処方される抗菌薬の9割以上を経口薬が占め1)、その主体はクリニックなど外来でプライマリケア(初期治療)を提供する一次医療機関です。にもかかわらず、研究はほとんど行われていません。プライマリケアでできることは何だろうか、経口抗菌薬のモニタリングができるいい場所はないだろうか、話し合う中で浮かんだのが「休日夜間急患センターでやってみよう」というアイデアでした。
普通の小児科とどう違うのですか。
笠井氏 休日夜間急患センターは地方自治体が整備し、休日や夜間に比較的軽症の救急患者を受け入れる施設で、全国に500以上あります。兵庫県では内科疾患が対象で、小児の場合風邪など急性感染症の初日に受診するケースが多く、基本的に薬の処方は1日分です。また、センターには地域の開業医を中心に複数の医師が交代で勤務し、年間2~3万人もの患者が受診します。センターという公的な場をターゲットにすれば、量的評価と質的評価が同時にでき、地域全体の処方動向がわかり、教育的フィードバックを地域に有効に戻せます。このように多様な出務医師の処方動向をワンストップで把握できる点が、本研究のユニークさでありアピールポイントでもあると考えています。そもそも、市町村が医師会や病院と協働して地域住民の休日夜間診療に対応するというシステムは日本独自で、欧米にはまずありません。世界中どこもやっていない研究という意味でも、ユニークだと思います。
小児における感染症と治療の現状について教えてください。
笠井氏 もともとウイルス感染症が多いうえ、2012年から予防接種(肺炎球菌ワクチン、Hibワクチン)が導入されたことで、重症細菌感染症は明らかに減りました。2010年代以前と以降では、別の時代といっていいほどです。ただ、その変化に医師の認識が追いついておらず、抗菌薬が使われ続けているという状況があります。諸外国と比べ抗菌薬の使用量が特に多いわけではありませんが、使用抗菌薬の8割が気道感染症に対する処方で、かつ第3世代セファロスポリン系に偏っているのが特徴です。
小児科領域でも耐性菌は問題になっているのでしょうか。
笠井氏 重症細菌感染症が多かった2010年代までは、中耳炎や肺炎などの起炎菌の耐性率が高く、治療に手こずっていた時代がありました。耐性菌との闘いだった当時と違い、今はワクチンがあって当然の時代になりましたが、不思議なのは若い医師の方が抗菌薬適正使用に対する問題意識があることです。また、若い先生方が適正使用について学会などで発表しても、以前ほど強い反応が返ってくることはなく、時代が変わってきたと感じています。
都市型と地方型、2つの施設で異なるアプローチ
今回の取り組みは神戸こども初期急病センターと姫路市休日夜間急病センターの、2カ所で行われたのですね。
笠井氏 「ザ・都会の神戸」と「ちょっと地方都市の姫路」というように、人口から何からまったく異なる2大急患センターを対象としています。出務医師の人数も、構成の割合も違います。日本は姫路のような街が多いので、全国展開をみすえた際には地方都市モデルとして適用できるのではないかと考えています。
どのようなメンバーで活動を始めたのですか。
笠井氏 最初は私と、当時後期研修医だった明神翔太先生(現在、国立成育医療研究センター感染症科)、宍戸亜由美先生(2020年4月より、国立循環器病研究センター 小児循環器科)の3名で始めました。神戸を宍戸先生と私、姫路を明神先生と私が担当し、神戸についてはセンターの常勤薬剤師である木村誠先生にもご参画いただきました。
具体的な介入方法を教えてください。
笠井氏 神戸と姫路ではやり方を変えました。まず神戸ですが、もともと採用抗菌薬が5種類と限られ、そのうち第3世代セファロスポリン系であるセフジトレンの割合が50%と高かったため、セフジトレン症例に絞って処方内容を評価することにしました。木村先生も交えた3名で毎月1回ミーティングを開き、該当症例を1つ1つ診療録に戻ってふり返りながら、「○(必要)処方」「△(不適正)処方」「不必要処方」の3つに分けていきました。その結果を宍戸先生がニュースレター「AMR NEWS」にまとめ、センターに掲示して出務医師に毎月フィードバックする、という形をとりました。
姫路ではどのような方法で介入したのですか。
笠井氏 姫路は成人の急患センターも兼ねており、採用抗菌薬が12種類と多く、抗菌薬処方割合も神戸より高くなっていました。そのため「ひめマニュ」という抗菌薬処方マニュアルを作成し、マニュアルの提供により処方動向がどう変化するか検証することにしました。具体的には、抗菌薬を4つのジャンルに分けて使用量と使用割合を毎月集計し、その結果を明神先生がフィードバックする、という形をとりました。フィードバックは半年に一度、開業医の先生方による研究会の場をお借りして、出務医師と顔を合わせて行いました。
明神氏が制作された『ひめマニュ』(写真左)と、対面でのフィードバックの様子(写真右)
フィードバックの部分は研修医だったお二人が担当されたのですね。
笠井氏 若い人が表に出た方がこの先ためになると、あえてやってもらったところがあります。実際、若い人の方が斬新な意見が出ますし、マニュアルやニュースレターを作ってもセンスがいい。また、自分のような感染症科部長がフィードバックすると上からの指示になり、誰も文句を言えません。しかし研修医が下から意見を上げていけば、「しょうがないなあ」と言いつつも耳を傾けてくれたり、可愛い後輩として育てていこうと思ってもらえます。はじめから狙っていたわけではありませんが、若い先生方と一緒に仕事ができてよかったと改めて感じています。