ユニークな発想と多彩なアプローチで市民啓発を展開
第3回AMR対策普及啓発活動 薬剤耐性対策推進国民啓発会議議長賞
このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動をご紹介しています。第13回で取り上げるのは、「AMR啓発グッズとラッピングバスを用いた市民啓発の取り組み」で薬剤耐性対策推進国民啓発会議議長賞を受賞した、三重大学医学部附属病院感染制御部の活動です。同部では一般市民にもAMRを知ってもらおうと、様々な切り口で啓発活動を行ってきました。その取り組みについて、同部部長(当時)の田辺正樹先生と看護師の新居晶恵先生にお話を伺いました。
三重県医療保健部 医療政策総括監
略歴 1997年三重大学医学部卒業、同年国立国際医療センター内科、99年三重大学医学部附属病院第1内科、2000年山田赤十字病院循環器科、2005年米国ピッツバーグ大学心エコーラボ、2007年三重大学医学部附属病院感染制御部副部長、2011年厚生労働省(医政局指導課・健康局結核感染症課)、2013年三重大学医学部附属病院医療安全・感染管理部副部長、2017年三重大学医学部附属病院感染制御部部長を経て、2019年より現職。
新居 晶恵 氏(左)
三重大学医学部附属病院感染制御部・中央材料部看護師長、感染管理認定看護師
AMRという言葉を一般市民に知ってもらう
地域ネットワークMieICNetをベースにAMR対策を推進
最初に、今回の取り組みを始めた経緯を教えてください。
田辺氏 ベースとなったのは、2015年に県の事業として始まった三重県感染対策支援ネットワーク(Mie Infection Control Network:MieICNet)です。MieICNetは、アウトブレイク発生時に地域の医療機関が相互に支え合うネットワーク作りを目的に発足し、中核的医療機関や医師会だけでなく歯科医師会や薬剤師会、獣医師会、さらには高齢者施設や保健所・自治体まで巻き込んで運営されているのが特徴です。
このMieICNetという土壌があったところに、2016年、わが国でも「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が策定され、地域のネットワークでAMR対策を進めていくことが提唱されました。これを受け、2017年から3年間、MieICNetの活動を基盤に、AMR対策に関して全国に普及可能な地域モデルを提示することを目標に、厚生労働科学研究費補助金「地域における感染症対策に係るネットワークの標準モデルを検証・推進するための研究」(代表研究者:田辺正樹氏)を実施することになりました。その一環として行ったのが、今回の取り組みです。
研究の概要と、今回の取り組みの位置づけを教えてください。
田辺氏 本研究では、院内感染対策から始まったMieICNetにAMR対策を加え、5つの柱で活動しました。すなわち、AMR対策モニタリングとして①微生物サーベイランス、②抗菌薬サーベイランス、またAMR対策アクションとして③抗菌薬適正使用の教育・啓発、④医療機関・高齢者施設における感染対策教育・啓発、そして⑤市民啓発です。活動は当感染制御部が中心となって行い、①を臨床検査技師、②を薬剤師、③を医師、④と⑤を看護師である新居さんがそれぞれを担当し、当時部長だった私が全体を総括することとしました。今回賞をいただいたのは、⑤の取り組みに対してです。
「地域における感染症対策に係るネットワークの標準モデルを検証・推進するための研究」
厚生労働科学研究費補助金(新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業)
一般市民を対象とした啓発活動も、大きな柱の1つなんですね。
田辺氏 AMRの拡大を防ぐには、医療者だけでなく市民も参画する必要がありますが、その知名度はまだまだ低いのが現状です。そこでまずは「AMRという言葉を市民に知ってもらう」ことを目標に、AMR対策推進月間である11月を中心に、市民公開講座などの啓発活動を行っていくことにしました。
啓発グッズやチラシ・ポスターでAMRの認知度アップをはかる
具体的な活動について教えてください。
新居氏 まず啓発グッズを作りました。AMRに関連した6つのイメージキャラクターを考え、スーパーボールや缶バッチ、マグネット、バッグ、Tシャツ、のぼり、クリアファイルを作成しました。どんなキャラクターで何を作るかスタッフ同士アイデアを出し合い、下絵も描いて、プロの方にお願いして顔の表情や動きをつけてもらいました。
キャラクターを起用したオリジナルグッズを開発。
AMRを知らない人でも思わず手に取りたくなるデザインですね。その他にどのような活動をしましたか。
新居氏 AMR対策推進月間や市民公開講座を周知するために、ポスターやチラシを作りました。チラシは29,500部、ポスターは1,250部作成し、県内の病院94施設、高齢者施設232施設、保険薬局738施設に配布しました。また「駅ジャック」と称して、11月の1カ月間、B1サイズの大きなポスターをJR津駅内のコンコースにずらりと貼りました。田辺先生と二人、駅前にのぼりを立てて、チラシと個包装のマスクを配ったこともあります。
田辺氏 市内の大型商業施設に乗り込んでチラシを配ったり、施設内の広場を借りて手洗いのイベントを開いたりもしましたね。
(左)啓発ポスターと市民公開講座の告知チラシ。
(右)JR津駅のコンコース一面に啓発ポスターを掲示(2017年・2018年)。
広報のやり方を考えるきっかけになった市民公開講座
1年目からどんどん動いたんですね。市民公開講座も11月の開催ですか。
新居氏 はい。三重大学の講堂を借りて講演を行ったほか、手洗い演習や顕微鏡での微生物観察など体験型コーナーも設けました。
かなり盛況だったんですか。
新居氏 それが、思ったほど集まらなかったんです。はじめは大講堂でやろうぐらいの勢いだったのですが、最終的に小ホールに変更して、参加者は子ども40人と大人70人でした。
周知が足りなかったのでしょうか。
新居氏 チラシを配りポスターも貼って、といろいろやりましたが、AMRという言葉自体まったく理解されていなかったんですね。一般の方にAMRだけで押しても無理があるということが、1年目でよくわかりました。
田辺氏 そこで2年目からは「肺炎」をテーマにしました。肺炎を取り上げると、高齢者が来てくれるのです。肺炎治療には抗菌薬を使いますが、使い方が悪いと効かなくなるという話をしながら、AMRについても知ってもらおうと考えました。2年目の市民公開講座には大人が160名近く来てくれて、うち45%が70歳以上の方でした。
誰に向けて発信するかも大切なんですね。
新居氏 1年目は小学生向けに4コマ漫画のチラシを作り、津市内の全児童に行き渡るよう配布したのですが、まったく反響がなく、子どもたちに配っても他のプリントに紛れて親の手元まで届かないんだな、ということがわかりました。むしろ家でゆっくり回覧板や新聞を見られる人たちに届けた方がいいのではと、2年目は回覧板でお知らせを出したところ、老人会から多くの申し込みがありました。
田辺氏 1年目の経験は、広報のやり方について考えるきっかけになりました。実際、市民公開講座は地元のテレビ局がニュースで取り上げてくれたことで、二次的啓発になったと思います。ちなみに、3年目は新聞折り込みでお知らせを出しました。
ラッピングバスを運行、街中でAMRを啓発
2年目は他にどのような活動をしましたか。
田辺氏 「今度はバスをジャックしよう」ということで、三重交通のバス2台にAMRのラッピングを施して、11月の1カ月間、津市と四日市市の人通りが多い路線を走らせました。
新居氏 「東京ではラッピングバスが走り回って宣伝している」という話を聞いて、「なるほど、誰かに来てもらうのではなく、自分たちで動かせばいいんだ」と思ったのがきっかけです。はじめは自家用車のラッピングを考えたのですが、それでは行動範囲が狭い。広い範囲を勝手に動いてくれる市バスを走らせよう、ということになりました。
AMRのラッピングバスは初めて見ました。宣伝効果がありそうです。
田辺氏 広報という点では、バスと関係者と大学病院が入った絵を撮ることも大切です。そこで病院の駐車場に特別にバスを入れて、お披露目会もしました。当日は病院長や看護部長も顔を出してくれたほか、新聞社が取材してくれました。ラッピングバスの直接的効果は不明ですが、新聞に掲載されることで二次的な効果はあったと思います。
新居氏 毎回こうしたイベントをやる時は、県庁や市役所の記者クラブにチラシを配布して、「取材に来てください」とお願いしました。
AMRラッピングバスを走らせ、大々的に啓発活動を実施。メディアにも取り上げられた。