列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

抗菌剤の使用を最小限にする魚病対策を推進


第2回AMR対策普及啓発活動 農林水産大臣賞

2021年3月

 このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動をご紹介しています。第14回で取り上げるのは、「水産分野における抗菌剤の使用を必要最小限とする魚病対策とその普及啓発活動」で農林水産大臣賞を受賞した、大分県農林水産研究指導センター水産研究部の活動です。同部では養殖魚の感染症対策として薬剤感受性データの収集やワクチン開発と普及に取り組み、抗菌剤の使用を最小限にする魚病対策を進めてきました。30年以上にわたる活動について、同部養殖環境チームでチームリーダー(当時)を務めた福田穣先生にお話を伺いました。

福田穣氏
福田( ふくだ )( ゆたか )
大分県農林水産研究指導センター水産研究部 非常勤職員(現場アドバイザー)
1981年高知大学大学院農学研究科修了後、大分県入庁。97年愛媛大学連合大学院論文博士(農学)、大分県農林水産研究指導センター水産研究部専門研究員(養殖環境チームリーダー)を経て2017年に定年退職、現在は同部の非常勤職員。

ワクチンという手段で魚病を未然に防ぐ

AMR対策の要は「レンサ球菌症をいかに抑えるか」

はじめに、水産分野における感染症対策およびAMR対策について、全体像を把握しておきたいと思います。取り組みの対象となるのは養殖魚でしょうか。

福田氏 はい、養殖魚です。養殖には沿岸などで海水を使って行う海面養殖と、内陸などで淡水を使って行う内水面養殖の2つがあります。前者はブリ類やマダイ、後者はウナギやマス類が代表的です。大分県の場合、ブリ類が魚類養殖生産額全体の約7割を占め、最重要魚種となっています。

大分県のブリ養殖の様子(給餌)
大分県は、鹿児島県に次いでブリの養殖が盛ん。豊後水道の潮流の影響で身がしまって脂ののりがよいといわれる。

大分県のブリ養殖の様子 大分県のブリ養殖

研究の概要と、今回の取り組みの位置づけを教えてください。

福田氏 そうですね。ちなみに、魚の感染症には細菌のほかウイルスや寄生虫によるものもあり、それぞれ被害が発生しています。ただし、抗菌剤はウイルスや寄生虫には無効なため、細菌感染症が発生した場合のみ、治療を目的に用いられます。

   

どのような細菌感染症が問題となっているのですか。

福田氏 時代によって様々な病気が発生してきましたが、大分県の場合、最も被害が深刻なのはブリ類のレンサ球菌症です。ブリに使用できる水産用抗菌剤の成分は13種(2020年現在)ありますが、昔も今も使用頻度が高いのはレンサ球菌症に対するマクロライド系抗生物質です。抗菌剤に依存すれば耐性も出やすく、AMR対策といえばレンサ球菌症対策に尽きると言えます。

水産用抗菌剤の購入には使用指導書が必要

抗菌剤はどのように投与するのですか。

福田氏 経口投与、すなわち餌に混ぜて魚に食べさせます。淡水魚の一部では薬浴も行われていますが、海水魚では薬浴の抗菌剤はなく、養殖魚に注射で投与される抗菌剤はありません。

抗菌剤を使う場合、ヒトでは医師の、家畜等では獣医師の指示書が必要です。養殖魚ではどのような仕組みになっているのでしょうか。

福田氏 現在の法律では、水産用抗菌剤は要指示医薬品※制度の対象にはなっていません。抗菌剤を使う人、つまり養殖業者などの生産者が、自己判断や責任のもとに用いるとされています。したがってAMRを出さない努力、安全な食品を届ける努力は、基本的には生産者に任されています。ただしそれだけでは十分ではないので、各都道府県にある我々のような公的な研究所や指導機関の職員が、養殖業者が抗菌剤を適正に使用できるよう指導しています。
※動物用医薬品のうち抗菌剤やホルモン剤、ワクチンなど、獣医師の指示書が必要なもの

こうした指導体制は以前からあるのですか。

福田氏 はい、永らくこの体制が続いています。その中で、1999年に持続的養殖生産確保法が施行され、環境を守り安全な食品を供給するために指導を行う「魚類防疫員」という名称と役割が新たに設けられました。2018年からは、この魚類防疫員を中心とした専門家が発行する使用指導書がないと、養殖業者は医薬品販売店から抗菌剤を購入できないことになっています。

大分県における水産用抗菌剤使用の流れ

大分県における水産用抗菌剤使用の流れ

病魚で薬剤感受性試験を実施、抗菌剤の適正使用を指導

同部ではワクチンの普及などを通じて、抗菌剤の使用を最小限とする魚病対策を進めてきたと伺いました。具体的な取り組みについて教えてください。

福田氏 取り組みの柱の1つが、魚病診断と対策指導です。養殖業者から病気が発生したという連絡を受けましたら、問診や調査を行い、原因を突き止めます。それが細菌感染症であれば病原菌を分離して、薬剤感受性試験を実施し、最も効率的に治療できる抗菌剤の使用を指導する、ということを長年にわたり行ってきました。

大分県における魚病診断と対策指導

大分県における魚病診断と対策指導

「魚のお医者さん」に近いものがありますか。

福田氏 我々の仕事は魚病被害を最小限に抑えること、すなわち病気が発生したら状況を把握して、何からの方法でそれ以上広がるのを止めることです。つまり衛生指導ですね。ですから、役割としては病院より保健所に近いと思います。とはいえ、長年やってきた中には耐性菌が次々と出て対策がとれず、たくさんの魚が死んでいくところを見なければいけない事態もありました。その最たる例がブリ類のレンサ球菌症です。

大分県ではブリの養殖が圧倒的に多いということでしたね。

福田氏 はい。レンサ球菌症は1980年代から流行が広がり、私が魚病担当になって数年後の90年代前半には深刻な問題となっていました。マクロライド系抗生物質の多用によりレンサ球菌が耐性化し、新しい治療薬が開発されてもそれがまた耐性化するという具合で、養殖現場ではこの病気にどう対処したらいいのかわからないという事態が起こっていました。当時は抗菌剤に頼るしかなく、しかしその薬が効かないという状況だったのです。ただその一方で、製薬会社の努力でワクチンの開発も進められていました。90年代後半にワクチンが実用化されてからは、その普及が我々の取り組みのもう1つ大きな柱となりました。

ブリのレンサ球菌症について

 ブリのレンサ球菌症の中でもLactococcus garvieaeによる感染症は、わが国の海産魚類養殖に大きな被害をもたらしてきた。「ラクトコッカス症」「α溶血性レンサ球菌症」ともよばれ、ブリ類養殖では周年にわたり魚齢に関係なく発生して魚を死亡させる。感染魚では眼球の白濁や周縁出血・突出、尾柄部の潰瘍、心臓外膜の白濁肥厚などの特徴的な症状がみられる。マクロライド系抗生物質による治療が可能だが、ワクチン開発されるまでは抗菌剤多用による耐性菌の出現が問題となっていた。現在、Lactococcus garvieaeがヒトの健康に影響を与えるという報告はない。

眼球の周縁出血魚1

眼球の突出魚2

尾鰭の出血・潰瘍魚3

地元養殖業者の協力でワクチン用注射器の試験を実施

ワクチンの開発から普及に至るまでの経緯を教えてください。

福田氏 「海水魚に対する国内初のワクチンは、1997年に承認されたブリレンサ球菌症経口ワクチンです。ワクチンを餌に混ぜて投与するのですが、効果の持続性が弱いこともあってそれほど普及しませんでした。次に出たのが、イリドウイルス病注射ワクチンです。イリドウイルス病もまたブリ類に甚大な被害を与えており、抗菌剤が無効なためワクチン開発が待たれる状況でした。イリドウイルス病注射ワクチンは1999年に承認されましたが、実はその2年ほど前にある製薬会社から頼まれて、ワクチン用注射器の野外試験を大分県で行いました。

注射器の試験ですか。

福田氏 はい。海外で使われている連続注射器の国内認可を得るために、データを取る必要があったのです。イリドウイルス病の注射ワクチンが実験的に成功したことは、すでに学会で発表されていました。しかしその方法は、生簀から魚を取り上げ1尾1尾注射を打つ、というものです。「養殖場1カ所で数万尾の魚がいるのに、現場でそんな大変な作業ができるのだろうか」と、最初は夢のように思えました。その注射器の野外試験を、大分県の養殖業者の方々が引き受けてくれたのです。

普通の注射器とどう違うのですか。

福田氏 ピストルのような形をしていて、1回引き金を引くと先端の針から一定量のワクチンが出るようになっています。魚を麻酔薬で眠らせてから、この注射器で1尾ずつワクチンを打っていきます。私自身やってみて1時間に600尾が限度と考えていましたが、養殖業者は1,000尾が標準で、10人いれば1時間で1万尾打つことも可能です。注射器の認可が追い風になり、レンサ球菌症に対する注射ワクチンの開発が進み、やはり大分県の養殖業者が野外試験に協力して、2001年に承認されました。

注射

注射は腹腔内に直接打つ。魚のサイズにより腹腔の厚さは決まっており、針を根元まで刺した時に、肉を突き抜けつつ内臓は傷つけないだけの長さが入っていくよう設計されている。

レンサ球菌症注射ワクチン接種の一例

レンサ球菌症注射ワクチン接種の一例 ①生簀から魚を取り上げる→②麻酔薬で眠らせる→③作業台にまとめて置く→④1尾ずつ手に取り注射を打つ→⑤打ち終わった魚を下の作業台に入れる→⑥流水にのって新しい生簀に流れていく

次は...安心安全な養殖魚の安定供給をめざして ▶

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