初期研修医の教育を通じて病院全体に感染症診療を根づかせる
第1回AMR対策普及啓発活動 厚生労働大臣賞
このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動をご紹介しています。第15回で取り上げるのは、「卒後初期の感染症診療・教育による抗菌薬適正使用の実践・啓発の10年に及ぶ取り組み」で第1回厚生労働大臣賞を受賞した、佐賀大学医学部附属病院感染制御部の活動です。同部では全診療科を対象とした感染症コンサルテーション診療を日常的に行う一方、初期研修医に対する感染症診療ローテート研修にも力を入れ、病院全体で抗菌薬適正使用をはかってきました。その取り組みについて、同部部長の青木洋介先生とスタッフの皆さんにお話を伺いました。
佐賀大学医学部附属病院感染制御部部長
1984 年福岡大学医学部卒業、同年佐賀医科大学(当時)内科呼吸器医員、94~97年米国スタンフォード大学留学、97年佐賀医科大学内科呼吸器助手、98年同講師、2003年佐賀大学医学部附属病院検査部副部長・感染対策室長を経て、07年より現職。
感染制御部を立ち上げ、病院横断的な診療と教育を実践
血液培養陽性患者の3割強が予後不良
はじめに、現在の感染制御部のスタッフ構成と活動の概要を教えてください。
青木氏 スタッフは私を含め専従医師4名、専従看護師1名、専従薬剤師1名の6名体制です。これに加え、感染症診療を選択した初期研修医が常時ローテートに来ています。活動の大きな柱は、感染症診療と院内の感染対策の二つです。このうち感染症診療では、全診療科を対象とした感染症コンサルテーション診療や、血液培養陽性患者に関する主治診療科への診療支援などを行っています。そのほか外来ではHIVやAIDS、結核などを診ています。
医師だけでなく、専従の看護師や薬剤師もチームの一員なんですね。
青木氏 院内の感染対策は、看護師が中心となって取り組んでいます。例えば、ICUなど院内各部署をチームで回り、標準予防策や接触予防策が徹底されているかチェックしています。また専従の薬剤師を置いたのは、全国でもかなり早かったと思います。医師同様にコンサルテーションや研修医の指導を担っているほか、抗菌薬以外の薬剤との相互作用や腎機能低下患者における用量調節などについて、かなり専門的にサポートしてもらっています。
どのような経緯でこうした取り組みを始めたのですか。
青木氏 もともと呼吸器内科が専門だったのですが、米国留学から戻った1997年に、研究継続の端緒として院内の血液培養陽性(菌血症)患者の診療状況と予後を調査したのがきっかけです。その結果、血液培養採取時に敗血症性ショックを起こしていた患者は3割を超え、また3割強が28日以内に亡くなっていました(図1)。要するに、血液培養を採るタイミングが遅いんですね。いよいよ状態が悪くなってから採るため対応も後手に回り、予後が非常に悪かったのです。“これでは大学病院とは言えない”と非常に強く思いまして*、当時の病院長に感染症診療部門の立ち上げを提案しました。最初は検査部で感染症診療をスタートし、その後2002年に感染対策室を立ち上げました。翌2003年から感染症コンサルテーション診療を始め、現在の感染制御部に昇格したのは2007年です。
*Aoki Y, et al: Current practice of management of bacteremic sepsis: a study in a tertiary care teaching hospital in Japan. Int Med 39: 901 – 909, 2000
図1 佐賀大学医学部附属病院における血液培養陽性(菌血症)患者の予後推移
出典:1997~2009年は「青木洋介:感染症診療と感染管理の有機的な連携とは.医療の質・安全学会誌 2011、6:492‐495」より。2012年以降は自施設における集計
全診療科を対象とした感染症コンサルテーション診療
感染症コンサルテーション診療の大まかな流れを教えてください。まずは主治医から依頼が入るのですか。
青木氏 はい。主治医からその日の当番医師のPHSに連絡が来るので、ベッドサイドに出向いて患者を診たうえで、感染症の診断や治療に関するコンサルテーションを副主治医的に行っています。相談は感染症とは限らず、発熱に関するものも多いですね。例えば「術後3日目に急に熱が出て、白血球も増えているので、(感染症かどうか)診てほしい」などです。
コンサルテーションは全診療科が対象なんですね。
青木氏 はい、そうです。これとは別に、血液培養陽性患者も全例で介入しています。血液培養が陽性だった場合、検査部からまず当部門に報告が来るので、われわれから主治医に連絡を入れ、一緒に診るようにしています。
どちらも2003年からの取り組みですか。
青木氏 はい。医師2名で始めましたが、最初はコンサルテーションの依頼もなかなか来ませんでした。また当時はまだ紙カルテで、血液培養陽性患者のベッドサイドでカルテを書いていると、主治医から「人のカルテに何を書いているんだ」という目で見られたりしたものです。
ポイントはコミュニケーションとフットワーク
簡単にはいかなかったんですね。
青木氏 ただ2~3年すると、「彼らに相談すれば解決してくれる」と実感してもらえるようになって、それからは頻繁に依頼が入るようになりました。現在では年間600~700件の依頼があります。よく新しく感染症科を立ち上げた先生から、「なかなか依頼が来ない」という相談を受けるのですが、「3年ぐらいは我慢してみて」とアドバイスしています。
コンサルテーションを円滑に進めるためのポイントなどはありますか。
青木氏 大切なのはコミュニケーションです。極端な話、「その抗菌薬はこれに替えた方がいい」と言うのは、「あなたの考えは間違っている」と言っているのと同じです。どんなに専門的な知識があっても、主治医とのコミュニケーションがうまく行かないと、コンサルテーションは成立しません。またフットワークも大切です。依頼を受けたらベッドサイドに足を運び、きちんと診てから対応しています。ちなみに、当院(旧・佐賀医科大学)は1970年代に作られた新設医科大学の1つで、いい意味で伝統がありません。診療科の壁があまりないことも、いい方向に働いたと思います。
佐賀大学医学部附属病院感染制御部のメンバー
●前列左から
金子ゆかり氏(師長、感染管理認定看護師)、浦上宗治氏(専従薬剤師)、青木洋介氏(部長)、濱田洋平氏(副部長、専従医師)
●後列左から
金苗幹典氏(医員:久留米大学医学部救急医学部から感染症の研修で出向中)、岡 祐介氏(専従医師)、松永明紗氏(研修医:感染制御部ローテート2年目)
※取材時時点
卒後早期に感染症診療の基本を学ぶ
感染症診療の一方で、研修医を対象とした教育にも力を入れてきたと伺いました。
青木氏 コンサルテーションを始めて2~3年経つと依頼が増え、医師2名では対応しきれなくなってきました。そこで教育も兼ねて、戦力として研修医をローテートさせようと、感染症診療を選択研修するシステムを2006年に開設しました。対象は卒後2年目の研修医で、感染症診療の基本的臨床能力を育成することを目的としています。
研修ではどのようなことを学ぶのですか。
青木氏 感染症や抗菌薬に関する座学、グラム染色の実習などもありますが、いちばん大きいのは患者病態の考察です。コンサルテーションを依頼されたり、血液培養陽性患者が出たら、指導医とともにベッドサイドに赴き、一緒に患者を診ます。そしてどんな病態が考えられるか、どの臓器の感染症と考えられるか、どの抗菌薬を使うか、ほかにどういう処置が必要か、他科に相談する必要はあるかといったことを話し合い、研修医がカルテにまとめています。依頼はほぼ毎日入るので、実際に患者を診療しながら1例1例学んでいく形です。研修期間は通常1カ月、長い人で2カ月です。
求められるのは「自分で意思決定できる」力
研修医の指導ではどのような点を考慮していますか。
青木氏 感染症が専門でない医師にも診られるようになってほしいのは、入院患者に起きる感染症です。頻度の高い病院感染症はほぼ決まっているので、研修もそこにフォーカスして、必要な一次検査と適切な初期治療という、基本のところだけをしっかり伝えるようにしています。
カリキュラムやマニュアルは作っていますか。
青木氏 いえ、特にありません。研修でこだわっているのは、「どの抗菌薬を選択するか、自分で判断して決める」ことです。指導医の説明を聞いて理解できるのと、自分で意思決定ができるのとは違います。また、抗菌薬の選択にはone best answerがないケースもあります。明らかに「No」という場合は別として、私自身はA薬がいいと考えていても、研修医がB薬を使うと判断したら、その意思決定をできるだけサポートするようにしています。
感染症診療を選択する研修医は多いのですか。
青木氏 当初から思ったより多かったですね。研修を受けた医師が次の研修医に、「絶対役に立つから回った方がいいよ」と口コミで伝えてくれるようです。初期研修医の8~9割が感染症診療を選択し、その数は現在までに400名を超えました。
毎朝のティーチングラウンドで情報を共有
研修医も含め、チーム全体で情報を共有する場はありますか。
青木氏 ティーチングラウンドを毎朝開催しています。前日にコンサルテーションを受けた患者のベッドサイドに、今度はチーム全員で行き、ディスカッションしています。まず話し合うのは病態や診断についてです。どの抗菌薬をどれぐらい使うかはむしろ最後ですね。前日の担当以外の研修医には、「こういう問題点があってこういう相談を受けているが、どういう感染症が考えられるか」「感染症でないとしたら、発熱の原因は何だと考えられるか」といった問いかけをしています。抗菌薬が必要な熱かそうでない熱か鑑別できる能力を養うことが大切だと、私自身は考えています。
全員でラウンドするんですね。
青木氏 感染制御部を立ち上げた時からこのスタイルです。当時視察した米国のMayo Clinicがこのやり方を採用していて、まったく違和感なく腑に落ちたので、帰国後すぐ始めました。長い時は1人の患者について20分近く話し合うこともありますが、こうした教育活動は非常に重要だと思います。そのほか週1回開催している全体カンファランスとラウンドでは、直近1週間のコンサルテーション症例について全員でふり返りをしています。
毎朝のティーチングラウンドの様子