感染制御ネットワークを立ち上げ、青森県全体で感染対策を推進
第1回AMR対策普及啓発活動 国民啓発会議議長賞
このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策の優良事例として内閣官房の「AMR対策普及啓発活動表彰」を受賞した活動をご紹介しています。第16回で取り上げるのは、「感染制御ネットワークによる地域医療圏の耐性菌を減らすための多面的アプローチ」で第1回国民啓発会議議長賞を受賞した、青森県感染対策協議会AICON(Aomori Infection Control Network)の活動です。同会は県内の医療機関を結ぶネットワークを構築し互いに情報を共有しながら、地域全体で感染制御の質を高めることに貢献してきました。その取り組みについて、同会の会長を務める弘前大学医学部附属病院感染制御センター副センター長の齋藤紀先先生にお話を伺いました。
弘前大学医学部附属病院感染制御センター診療教授
青森県感染対策協議会(AICON)会長
1997年 秋田大学医学部卒業、2006年 市立横手病院アレルギー科・呼吸器内科科長、2013年 弘前大学医学部臨床検査医学講座准教授・同附属病院感染制御センター副センター長、2021年より現職。
感染症のネットワークを立ち上げ、情報を共有
ネットワークを介して感染制御担当スタッフをバックアップ
はじめに、AICONを立ち上げた経緯を教えてください。
齋藤氏 AICONの初代会長である萱場広之先生は、もともと秋田県で感染対策ネットワークの立ち上げに関わり、2011年に当大学の教授に就任されました。その後、私や他のスタッフも含め当院感染制御センターの体制が整ったところで、青森県でも感染症のネットワークを作ろうということになったのです。まだ院内の情報を外に出すことに抵抗がある時代でしたが、「情報を共有し合いましょう」という萱場先生の呼びかけに県内十数の施設が賛同して下さり、2014年に創設されたのがAICONです。
当時、感染制御を取り巻く状況はどのようなものでしたか。
齋藤氏 県内で感染制御に取り組んでいたのは3施設程度で、感染症教育や感染対策はなされておらず、抗菌薬の使い方に誰かが意見することもほとんどありませんでした。その当時、感染症専門の薬剤師が数名いましたが、医師に意見を言っても相手にされないことが多々あったのです。AMR対策にしても、実践的に行うには医師の立場から意見が言える人がいないと、各科の医師はなかなか動いてくれません。そこでまずは病院同士ネットワークを組んで情報を共有し、そのネットワークで各施設の感染制御担当スタッフをバックアップしていこうと考えました。
メーリングリストで細かい疑問や悩みを気軽に相談
具体的な活動について教えてください。
齋藤氏 大きな柱は情報共有です。医療従事者はともすれば自施設のやり方しか知らないことが多く、AICONを立ち上げた頃は感染症診療も感染対策も病院によってバラバラでした。そこでメーリングリストを作り、何か困ったことがあった時に気軽に質問し、情報共有できる場を設けました。例えば「院内でインフルエンザが流行っています。どこまで感染対策をすればいいですか」「こういう症例に対して抗菌薬の使い方に疑問があるのですが、どう思われますか」といった疑問や相談に対し、我々や他のメンバーが情報を提供したり意見を述べることができる場です。「ほかの施設ではどうしているか」がわかれば、中小病院で1人で頑張っている感染制御のスタッフにとって大きな力になります。
情報という後ろ盾があれば、確かに力になりますね。
齋藤氏 立ち上げ当初の2年は、私が感染制御に関するニュースをまとめ、毎月メーリングリストで流したりしていました。また、当時は抗菌薬の使い方が統一されておらず、病院や診療科、医師によってもまちまちでした。そこでどのような考え方に基づいて抗菌薬を選択し、投与量を決めればよいか、基本をまとめた冊子を作りました。
普通のマニュアルとどう違うのですか。
齋藤氏 まずマニュアルを白衣のポケットに入る大きさにして、内容も総説的な情報は省き、1頁目から即臨床現場で役立つ情報だけを入れました。「腎機能別抗菌薬推奨投与量一覧」「敗血症のスクリーニングと診断基準」などのほか、1つの例として当院のアンチバイオグラム*を載せ、施設ごとのアンチバイオグラムに基づいて抗菌薬を選ぶEmpiric Therapy**についても解説しています。アンチバイオグラムと腎機能別抗菌薬推奨投与量一覧は、それぞれ見やすいカードも作りました。マニュアルの内容データはどの病院でも自由に使えるよう、AICONのホームページ上で公開しており、「これをもとに自院の抗菌薬適正使用マニュアルを作りました」「我々の病院でも使わせて下さい」といった声を頂きました。
*各種細菌に対する抗菌薬感受性データ
**推定される起炎菌を経験的に予想し、アンチバイオグラムなどの感受性データに基づいて、十分な確率で有効と知られている抗菌薬を選択する治療法
「感染症診療および抗菌薬適正使用マニュアル 第2版」
※詳しくはAICONホームページよりご覧いただけます。
細菌検査情報共有システムにより他施設との比較が容易に
情報共有の取り組みには他にどのようなものがありますか。
齋藤氏 AICONのメンバーがホームページ上で利用できる、細菌検査情報共有システムMINA(Microbiological Information Network Aomori)を構築しました。各病院の検査部が提供する細菌検査情報と薬剤部が提供する抗菌薬使用状況が、ここにすべて集約されています。自施設ではどんな菌が検出されているのか、どんな薬剤がどれぐらい使われているのか、それが他の病院と比べて多いのか少ないのか、簡単に知ることができます。
全体での位置づけがわかるんですね。
齋藤氏 はい。それまで比較情報がまったくなかったのが、MINAによって分離菌頻度や施設別菌検出の推移、薬剤感受性率、菌別・薬剤別の耐性菌動向などがわかるようになりました。現在では全国的な感染対策連携共通プラットフォームJ-SIPHEが稼働していることから、来年度にはJ-SIPHEへ移行する予定です。
行政と連携、アウトブレイク時のバックアップも
現在、AICONにはどれぐらいの施設が参加していますか。
齋藤氏 36施設です。このうち7つは地域の保健所や医師会で、あとはすべて病院です。
メンバーはどのような職種の方ですか。
齋藤氏 各病院でICT(感染制御チーム)やAST(抗菌薬適正使用支援チーム)などに所属している医師、薬剤師、看護師、検査技師、事務職のほか、歯科医師もいます。またAICONは行政とも連携しています。
行政とは具体的にどのように連携しているのでしょうか。
齋藤氏 例えばAICONが総会を開催する時に、県が主催する研修会を同時開催するなどしています。AICONの総会には100名を超える会員が参加するのですが、その際県が招聘した感染症の大家による講演が行われました。また、県内の施設でノロウイルスやVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などの院内感染が発生した場合は、県や市から「感染対策の指導に行ってほしい」という要請が、AICONの事務局である当院に入ります。要請を受けたら、近場のAICONメンバーや私たちが当該施設に出向き、感染対策の視察や改善点の指導を行っています。
メンバー同士協力しながら感染対策を指導
指導に出向く機会は多いのですか。
齋藤氏 他の施設に出向く機会としては多いと思います。2018年に県内の複数の医療圏でVREのアウトブレイクが発生した際は、AICONに加入していない病院の情報まで一斉にMINAに集まりました。保健所からの要請を受けて、当該地域のAICONのメンバーが行ける場合はお願いし、時に我々が出向いて対応しました。視察や指導は1回では済まないことが多く、1つの病院に3~5回かかることがありました。
昨年は新型コロナウイルスの流行があり、大変だったのではないですか。
齋藤氏 どこの感染制御担当者も自施設のことだけで手一杯な状況と思われ、相当大変だと思いました。ですが、ある医療施設でクラスターが発生した時、私達だけでなく、車で3時間程かかる(例えば八戸から津軽地域など)病院からAICONメンバーが指導に出向いてくれたりして、ほぼ毎日感染制御専門の看護師の誰かが行くようなときもありました。協力して頂いたメンバーには本当に感謝しましたし、その使命感には驚くべきものを感じました。もちろん、地域の基幹病院が市中のアウトブレイクに対応して収束させないと、結局は重症患者となって自分の病院に搬送されるので、大変でもやらざるを得ない状況ということもあります。