列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

2つのシステムPigINFO Bioとe-shijishoで 養豚農場ごとの抗菌薬使用量を継続的に評価 ~ 正確なデータの収集と分析を積み重ねながら、抗菌薬適正使用を支援 ~

2022年9月

このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策のさまざまな事例をご紹介しています。第20回で取り上げるのは、養豚農場を対象とした抗菌薬使用量の評価システム”PigINFO Bio”と、動物用要指示薬の電子指示書”e-shijisho” の開発の経緯についてです。これら2つのシステムは、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)の関わる研究課題内で開発され、現在、”e-shijisho”は一般社団法人日本養豚開業獣医師協会(JASV:The Japanese Association of Swine Veterinarian)がその実証試験に取り組んでいます。農研機構在職中より、これらのシステムの開発に携わっている山根逸郎先生に、その経緯やシステムの実際などについて伺いました。

山根逸郎氏

山根逸郎(やまねいつろう)氏
AgriINFO株式会社代表取締役(前・農研機構動物衛生研究部門 主席研究員)

1987年帯広畜産大学畜産学部獣医学科卒業、1993年カリフォルニア大学デイヴィス校疫学科博士課程修了、同年農林水産省家畜衛生試験場、2001年農研機構動物衛生研究所、2016年同食農ビジネス推進センター、2019年同動物衛生研究部門、2022年3月同機構を定年退職し、同年4月より現職。

PigINFO Bioで養豚農場ごとの抗菌薬使用量を評価

必要なのは農場レベルでの使用量評価

はじめに、動物用抗菌薬の概要について教えてください。またそもそも今回のシステムでは、なぜ養豚が対象だったのでしょうか。

山根氏 動物用抗菌薬は農林水産省が承認し、獣医師の指示書が必要な「要指示薬」とよばれる医薬品の1つです。畜産分野における抗菌薬使用割合は日本全体の60%を占め、なかでも豚が全抗菌薬使用量の38%と突出しています*1。養豚は多頭飼育で病気も起こりやすく、また、出来るだけ早く体重を増やして出荷するために抗菌薬を使用する傾向があります。薬剤耐性を防ぐためにも、豚における抗菌薬使用の削減は重要な課題といえます。こうした背景のもと、我々は農林水産省委託の研究課題として、養豚農場における抗菌薬使用量の評価システムPigINFO Bioと、動物用要指示薬の電子指示書システムe-shijishoの構築に取り組んでいます。

  • *1:薬剤耐性ワンヘルス年次報告書2019より

では、PigINFO Bioについてお話を伺います。本システムでは、抗菌薬の使用量を農場ごとに評価するのですね。

山根氏 はい。これまで抗菌薬使用量の評価というと、製薬会社の販売実績を元に推定する方法がとられてきました。しかし本当に大切なのは、農場レベルでどれぐらい使っているかを把握することです。なぜなら使用量が少ない農場も多い中、極端にたくさん使っている農場も存在するからです。
 そこで我々は、農林水産省の研究課題「薬剤耐性問題に対応した家畜疾病防除技術の開発」*2の中で、農場ごとに使用実態を評価するシステムPigINFO Bioを、2017~2021年度の5年間で開発しました。

  • *2:JPJ008617.1735699

抗菌薬使用量を経時的に把握するPigINFO Bio

どのように評価するのか、大まかな流れを教えてください。

山根氏 まず養豚農場からJASVの獣医師に、使用抗菌薬のデータが送られてきます。次に獣医師から我々に、これらのデータが定期的に送られてきます。我々はデータを解析して抗菌薬の系統別の使用量を評価し、獣医師を介して農場にフィードバックします。この「データ提出→評価→フィードバック」を半年ごとに行い、経時的に抗菌薬の使用量を把握するシステムがPigINFO Bioです。

PigINFO Bioの流れ

PigINFO Bioの流れ

JASVの獣医師は、農場からデータを収集する役割でしょうか。

山根氏 そうですね。JASVは2004年に設立された、養豚専門に衛生管理だけではなく生産性、経営などのコンサルティングを行う獣医師の団体です。コンサル獣医師は病気を減らすだけでなく、豚舎の構造から経営の改善まで農場全体でどのような対策を取ればいいか、専門の知識や技術を教える獣医療の一種です。我々はこのコンサル獣医師の先生方10数名と共同で、今回の研究を行いました。

3者間のデータのやり取りはスムーズにいきましたか。

山根氏 はい。というのは、我々はPigINFO Bioに先行して、JASVがもともと実施してきた農場間の生産性などを比較、評価するベンチマーキングシステムをもとに10年ほど前にPigINFOの開発という研究課題にも取り組み、その頃からデータのやり取りをしてきたからです。PigINFOは養豚農場の生産性を評価するシステムで、農場から豚の出荷数や豚の販売額、事故数*3などのデータをもらい、1日増体重*4や肉の価格、事故率*3などを解析し、獣医師経由で3カ月に1回結果をフィードバックする、というものです。農家の評判が非常によいシステムです。このPigINFOのデータの流れを活用して、抗菌薬使用量の評価システムを作ってはどうかということで始まったのが、PigINFO Bioです。

  • *3:病気などで豚が死ぬことを事故死という。豚は180日前後で出荷され、その間平均5%が死ぬ。事故率(事故死の割合)が低いほど病気が少ないことになる。
  • *4:1日あたりの体重増加量。豚は1.5kg前後で産まれ、115kg前後で出荷される。1日増体重が大きいほど成長が良くなり生産者の利益は大きい。

すべての豚用抗菌薬で製品IDを設定

データのやり取りはすでに流れができていたとのことですが、PigINFO Bioでは、データの解析はスムーズにいったのでしょうか。

山根氏 解析よりも、データの整理が大変でした。集まったデータは指示書もあれば領収書もあり、その中身も半角と全角の文字が混在していたり、手書きだったり、他の資材と混在したりと、統一性がありませんでした。薬剤名や製薬会社名の表記もまちまちだったことから、まずは共同研究団体である東京大学と連携して、豚で使われる抗菌薬に統一のIDをつけようということになりました。

どのようなIDですか。

山根氏 7桁の数字からなる製品コードです。1桁目が投与経路、2・3桁目が医薬品分類で、抗菌薬は系統別に01から20まであります。4桁目は薬剤名で、同じ系統でも種類が違う薬につけています。5・6桁目は製品番号で、同じ薬でも製薬会社が異なる商品を区別するためのものです。7桁目は包装の有無です。これらの法則にのっとって、豚用抗菌薬すべてに製品IDをつけていきました。

製品IDの設定

製品IDの設定

豚用の抗菌薬はどれぐらいあるのですか。

山根氏 全部で約700商品あります。その1つ1つにIDをつけ、薬剤名や製品名、製薬会社などが一覧できる薬剤データベースを作りました。データベースには抗菌薬使用量の指標として、その薬に何mgの有効成分が含まれているかを示す「有効成分重量」も入れました。次に、農場の元データから抗菌薬だけを抜き出して、該当する製品IDを入力する作業を行いました。IDが確定されれば、あとは我々が開発したプログラムを使って、その農場が一定期間にどれぐらいの抗菌薬を使用したかを計算できます。

参加農場の中で相対的に使用量を評価

解析結果はどのような形でフィードバックされるのですか。

山根氏 本研究には約120の農場が参加し、全体のどこに位置するか、A(上位10%;最も使用量が少ない)からF(下位10%;最も多い)まで判定した成績表を冊子にまとめ、獣医師経由で農場に返しました。なお、農場が大きくなるほど薬の使用量も増えるので、判定にあたってはその農場が該当期間に出荷した豚の頭数で割り、標準化しました。このように参加農場の中で相対的に成績を比較する方法は、ベンチマーキングとよばれます。

これら一連の作業を半年に一度行ったわけですね。

山根氏 はい。そしてデータが蓄積してくると、半年ごとの使用量の推移もわかります。推移については折れ線グラフを作成し、参加農場の上位10%と下位10%のグラフも入れて、自分の農場がどこに位置しているかわかるようにしました。こちらも半年ごとに農場にフィードバックしました。なお、PigINFO Bio における解析結果は、すべて有効成分重量を出荷頭数で除した数値を用いています。

PigINFO Bioの解析結果例 成績表(注射と経口の合計)と推移(経口)

PigINFO Bioの解析結果例
成績表(注射と経口の合計)と推移(経口)

有効成分重量からDDD値をベースにした使用量評価へ

システムを作る過程で、何か問題はありましたか。

山根氏 研究当初は抗菌薬使用量を有効成分重量ベースで評価していたのですが、その場合、抗菌薬の効力や投与期間が考慮されないという問題がありました。そうすると、仮に強力で用量が少なく投与期間も短い抗菌薬が使われた場合、耐性ができやすいリスクが高くても使用量の数値に適切に反映されない、ということが起こってきます。そこで研究途中から、DDD値をベースにした使用量評価について検討を行いました。

具体的にどのように評価するのですか。

山根氏 DDDはDefined Daily Doseの略で、体重1kgまたは1頭あたりの薬剤の1日用量を表します。このDDD値で有効成分重量を割り算し、期間内の投与した動物の総体重を計算し、その数字を頭数と平均体重で割ることにより、投与回数ベースで使用量を評価します。DDD換算による評価は、家畜分野におけるAMR対策が進んでいるEU諸国などでは国際基準となっています。しかし日本では、DDD値自体が設定されていなかったため、「動物用医薬品医療機器要覧(日本動物用医薬品協会編)」を参考に、東京大学、JASVの協力のもと約700ある豚用抗菌薬すべてにおいてDDD値を決める作業を行いました。
 これにより、計算式を使って1日100頭あたりの投与回数を薬剤別に算出できるようになりました。なお、この算出法は、研究課題内の重点10農場での抗菌薬使用量の評価には用いていますが、PigINFO Bioの評価値としては実装されていません。

DDD値換算による抗菌薬使用量の計算式
  • *1:対象在庫頭数:
    対象期間の治療する可能性のある動物の数。
    各農場の生産方式に沿って生産ステージの区分を決定し、月毎の各在庫頭数を使用した。
  • *2:指示書発行日数:
    各農場における処方された指示書の最古日から豚数データ入力済の月の最終日までの日数。
    実証試験参加が遅れた結果、日数が短くなった農場は場合により実態より外れた値を示す。

DDD値換算による抗菌薬使用量の計算式

抗菌薬を削減しても生産性には影響しない

DDD値換算の場合、投与回数で使用量を評価するのですね。

山根氏 はい。ちなみに、デンマークの2014年11月から2017年3月までの基準では、繁殖用の母豚で4.3回/100頭・日、離乳から体重30kgまで子豚で22.9回/100頭・日、体重30kg以上の肥育豚で5.9回/100頭・日を超えると、政府から警告を受け、何回かくり返すと出荷停止など厳しい処分を受けることになっています。

日本の場合、規制はあるのですか。

山根氏 数値基準自体がないので、欧米のような規制は特にありません。一方、それぞれの動物薬に対して出荷前の休薬期間が定められており、こちらは厳しく守られています。我々は本研究の一環として、10農場で5年間にわたる立ち入り調査を行っています。その結果、抗菌薬の使用量も系統も、農場間で大きく異なることが明らかになりました。生育ステージ別の使用量も含め、ありとあらゆる多様性がみられ、農場ごとにばらつきが大きいというのが現状です。

ヨーロッパに比べ、日本では抗菌薬が多く使われているのでしょうか。

山根氏 各抗菌薬のDDD値の基準値がEUと日本では異なるため、単純には比較できませんが、それでもかなり多いといえるでしょう。豚は単価が安いため、多頭飼育で生産性を上げる飼い方がされており、特にテトラサイクリン系の抗菌薬の使用量が多く、主に餌に混ぜる形で使われています。ただ先ほどの立ち入り調査では、特定の農場で使用量の多い抗菌薬を中止してもらう取り組みも行いました。その際にはPigINFOのデータも確認しながら、生産性に影響のないことを確認しながら実施しました。

結果はいかがでしたか。

山根氏 使用中止後も、特に生産性が落ちることはありませんでした。他の2農場でもテトラサイクリン系の使用を中止して、生産性に明確な影響はみられませんでした。他の分野でもそうかもしれませんが、農林水産業では、何かをやめる・変えることに対して非常に保守的なんですね。「父親の代から使ってきた」「やめて病気になったらどうする」などの理由で、使い続ける生産者も多いのです。ですから、抗菌薬をやめても生産性は落ちないことをデータで見せ、安心してもらいながら、少しずつ削減につなげることが大切だと考えています。

次は...e-shijishoで要指示薬の指示書を電子的に発行▶

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