列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

断らない救急その先へ ~地域拠点病院発の抗菌薬適正使用の呼びかけ~

2022年6月

地域全体で抗菌薬適正使用に取り組む

「断らない救急」で得たデータを社会に還元

ここからは院外に向けた活動について伺います。2018年からは地域全体での抗菌薬適正使用の取り組みを始めたそうですが、どのような経緯があったのでしょうか。

井上氏 自分の中では2つあります。まず、東北大学の勉強会でお世話になった具先生が国立国際医療研究センターのAMR臨床リファレンスセンターに異動されることになり、教えていただいたことを何らかの形で実現できないかと考えた時に、当地域の特性を活かした取り組みができればいいなと思いました。

もう1つは何ですか。

井上氏 当院のスローガンである「断らない救急」です。断らないというと言葉としては美しいですが、実際に現場で働いているスタッフは本当に大変ですし、病院全体が一丸となってやっていく必要があります。それでいて、断る施設とインセンティブで何か違いがあるかといえば、特にありません。そこで考えたのが、「断らない救急をやっていることを、何らかの形で社会に還元できないか」ということでした。すなわち、当院には地域におけるほぼすべての救急患者をまとめたデータがある。そうしたデータを使って地域に向けて何か発信できれば、抗菌薬の使い方を社会に問うことができる。それが社会的な名誉につながるのであれば、協力してくれたすべてのスタッフに報いることになるのでは、と思ったのです。

地域の開業医を訪問、抗菌薬適正使用への協力を依頼

具体的には何から始めましたか。

井上氏 まず、「地域に向けた活動を考えている」と、具先生、院長、ICT/ASTの責任者である矢内医師、そして直接の上司である救急センター長の4名に相談しました。結果、全員に「すごくいいと思う」と言われました。皆が「背中を押してくれた」わけですが、見方によっては「誰も止めてくれなかった」ともいえますね(笑)。

もうやるしかない、と。

井上氏 矢内医師に相談した時は、「開業医の先生には、地域の現状を直接説明に行った方が早いのでは」と話したら、その場で石巻市の医師会長に電話をかけ始めて、私が挨拶回りに行くことが決まってしまいました。

開業医の先生方を訪問するというのは、あまり聞かないですね。

井上氏 それまでも院内で何か新しく始める時は、担当スタッフのところに直接お願いに行っていたので、同じことを院外でもしたという感覚ですね。当地域にどれぐらい開業医院があるか調べてもらったところ、約100軒でした。100軒なら現実的に行けないこともないかな、と思ったのもあります。

訪問までの流れと面談の実際について教えてください。

庄司氏(連携室広報〔当時〕) まず訪問の目的や取り組みの内容を口頭でご案内したうえで、概要をまとめた文書をお送りし、日程の調整を行いました。実際の面談は、井上先生と2名で伺いました。

井上氏 面談では薬剤耐性菌の一般的な問題を説明したあとに、この地域ではどうなのか当院のデータを紹介し、ご協力をお願いしました。その際、資料として厚生労働省の冊子「抗微生物薬適正使用の手引き」のほか、当院で作成した「経口抗菌薬推奨投与量一覧」や「経口抗菌薬を用いた外来初期治療解説」などをお渡しし、あとは少し雑談して帰る、という感じです。開業医の先生方を対象とした講演会を始めてからは、そのご案内も併せてしていました。

意外だった開業医の反応

これまでに何軒ぐらい訪問しましたか。

井上氏 コロナ禍で中断されてしまいましたが、現在までに内科系クリニック30軒、耳鼻科5軒、小児科5軒を訪問しました。

実際にお会いしてみて、開業医の先生方の反応はいかがでしたか。

井上氏 行く前は反発されることが多いかと思っていたのですが、行ってみたらかなり好意的に迎えていただきました。「こういう問題に関して直接お越しいただいたのは、あなたが初めてです」と言われたこともあります。

予想と違っていたのですね。

井上氏 実際にお会いして、開業医の先生方も非常に困っていらっしゃることがわかりました。お困りの点は2つあって、1つは経営者として利益を出さなければいけないというプレッシャーが常にあること。もう1つは孤独です。誰にも相談できない中、お一人で診療されている。我々は経営の部分に貢献することはできませんが、孤独に寄り添うことはできます。この地域で抗菌薬適正使用に一緒に取り組んでいきたい、そのためのカウンターパートとして先生を信頼しています、という思いで接していけば、決して反発されることはないと思います。

開業医に向けた抗菌薬適正使用講演会を開催

開業医向けの講演会とはどのようなものですか。

井上氏 抗菌薬の適正使用に関する講演会で、当地域の医師会・薬剤師会・保健所と共同で開催しています。外部講師として感染症専門医をお招きし、ご講演後は講師の先生と我々スタッフ、そして開業医の先生方が小グループに分かれて話し合う、ワークショップも行っています。これまで7回開催し、多い時で80名近い先生が参加されました。今年も開催を予定しています。

抗菌薬適正使用講演会

院外の取り組みにはほかにどのようなものがありますか。

松本氏(看護師) 2012年から感染対策地域連携カンファランスを年4回開催しています。多くの施設が、感染防止対策地域連携加算の枠組みでカンファランスを開催していると思いますが、この石巻圏では未加算の施設にも自由にご参加いただいています。会議では手指消毒剤の使用量、病原体の検出状況、抗菌薬の使用量をご報告いただき、フィードバックとディスカッションを行っています。参加者は1回70~80名です。現在は入院病床のある小規模・中規模病院が対象ですが、外来感染対策向上加算の新設にともない、今年度は、ご希望があれば開業医の先生方もお迎えする予定です。

抗菌薬適正使用を進めても患者の安全性は損なわれない

こうした取り組みによって、どのような変化がありましたか。

井上氏 まず、地域における経口抗菌薬の処方量が減りました。これは医薬品販売会社7社から各医療施設に対する経口抗菌薬販売数量を提供いただき、分析したものです。その結果、2020年の使用量は2013年に比べ28.7%減少し、第3世代セファロスポリン系は57.0%、キノロン系は46.8%、マクロライド系は56.0%減りました。

石巻医療圏における経口抗菌薬販売量の推移

かなり減っていますね。

井上氏 開業医の先生方の処方行動にも、一部変化がみられています。面談時に、こういった状況においてはこういった抗菌薬を使うといった当院推奨の経口抗菌薬レジメンをお渡ししていますが、このレジメンに沿った処方を、ちらほら見るようになりました。先ほどの経口抗菌薬販売数量を薬剤師の方で細かくチェックしてもらっているのですが、当院が推奨している抗菌薬の流通量が増えているのです。そうした話は我々以外していないはずなので、一定以上受け入れていただけたと理解しています。

そのほかの変化についても教えてください。

井上氏 ESBL(基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌やMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による菌血症の割合が、それぞれピーク時の約半分になりました。こうした代表的な薬剤耐性菌の割合が半分近く減っているのは、1つの成果だと考えています。

石巻赤十字病院における黄色ブドウ球菌菌血症に占めるMRSAと大腸菌菌血症に占める
ESBLの割合の推移

ちなみに、こうしたデータはどのように集計・管理されていますか。J-SIPHE(感染対策連携共通プラットフォーム)は同院でも利用されているのでしょうか。

井上氏 当院は、J-SIPHEが始まって真っ先に参加した施設の1つだと思います。ほかの地域や同じような病院群と比べて当院の状況はどうなのか、一目で確認できるところが非常に便利ですね。

これら薬剤耐性菌の割合もかなり減っていますね。

井上氏 私自身はこれが一番重要だと思っているのですが、地域全体で経口抗菌薬の使用量が減っても、地域の拠点病院である当院に入院する重症感染症患者は増えていません。つまり、抗菌薬の処方を減らしても患者さんの安全性は損なわれない、ということです。この点が明らかでなければ、地域で抗菌薬使用を適正化していこうとはなかなか言えません。こうしてデータとして出せたことは、1つ価値があると思います。

石巻赤十字病院における主な細菌感染症による年間入院患者数の推移

開業医に寄り添いながら抗菌薬適正使用を推進

課題や問題点などはありますか。

井上氏 自分はかなりポジティブな性分だと思うのですが、最近は診療報酬上さまざまな加算がつくようになり、追い風が吹いていると感じます。その風に乗っかっていくのがいいだろうと考えています。

今後の取り組みについて教えてください。

井上氏 現在の業務はこれからも続けていくとして、その一方で自分が思いつく範囲のことはやり尽くした感があります。できれば外部の方々に当院にお越しいただき、「次はこんなことをやったらどうか」と教えてもらえたら嬉しいです。出来る事ならそのまま石巻に定住して、一緒に活動できたらいいですね(笑)。

最後に、全国で地域に向けた取り組みを検討されている先生方に、メッセージをお願いします。

井上氏 まず申し上げたいのは、地域に向けて抗菌薬適正使用を進め経口抗菌薬の使用量が減っても、重症感染症の患者さんは増えなかったということです。そこは安心していただきたいですし、取り組みにより一定の成果は出ると思います。また、そうした働きかけをすると開業医の先生方との関係性が悪くなるのではと懸念されるかもしれませんが、むしろ逆です。先生方の孤独をきちんと理解して、そこに寄り添う姿勢で適正使用を進めていくことができれば、きっと歓迎していただけると思います。

(このインタビューは2022年4月13日にオンラインで行いました)

このコーナーの目次へ ▶

HOME

一般の方へ

医療従事者の方へ

インフォグラフィックで知る!薬剤耐性(AMR)

列島縦断 AMR対策 事例紹介シリーズ

お知らせ・更新情報

お問い合わせ

サイトポリシー

SNS