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歯科外来における抗菌薬適正使用の取り組み ~薬剤師主導の介入で経口抗菌薬の処方に大きな変化~

2023年12月

経口第3世代セフェム系の処方が大きく低下

一度処方が変わると次の処方も変わる

東京医科歯科大学病院のように大きい施設だと、日常業務との兼ね合いが大変だったのではないですか。

沖畠氏 もともと調剤の担当でしたから。2名体制で調剤か監査を必ず行う形になっており、処方箋にはすべて目を通すので、対応にものすごく時間を取られたということはなかったです。

歯科医師の数もかなり多いと思うのですが。

沖畠氏 1人の先生が何人か患者さんを診て、同じような処方をするので、一度応じてもらえると次からは処方が変わることも多いのです。例えば、その日の診療であと5人患者さんがいたら、5人の処方が一気にペニシリン系に変わったりします。ですから、意外と1日で枚数を稼ぐことができました。

処方が入ったタイミングで即電話

電話するのは外来診療中ですよね。躊躇することはなかったですか。

沖畠氏 次の診療に入ってしまうと先生にも申し訳ないので、処方が入ったらすぐ電話するようにしていました。迷ったら駄目ですね。また、先生の反応や状況によっては「では次回からお願いします」と伝え、何が何でも今変えて下さいということはしませんでした。

先生方の反応はいかがでしたか。

沖畠氏 概して、話をすれば応じてくれる先生が多かったです。受け入れが難しい先生は、検討してもらえるよう辛抱強くお願いしました。絶対処方を変えない先生もいましたし、「面倒くさいな」と言われることもありましたが、処方変更に関して苦労したということはなかったですね。用量調整なども含め、よろづ相談的に対応しているうちに、はじめは非協力的だった先生も変わってきたりしました。

「とにかく歯科医師と話す」ことが重要

薬剤師から医師に声をかけるのは、ハードルが高い印象があります。コミュニケーションで気をつけたことはありますか。

沖畠氏 1つには、無理強いしないことですね。例えば処方から時間が経ってしまった場合、一応電話はします。恐る恐るですが。でもそこで「もう手を離れたので今回はこれで」と言われたら、「はいわかりました」と引きました。忙しいことは重々承知していますし、それに一度声をかけることで次は変わるかもしれないという期待もありました。

とりあえず声だけはかけてみると。

沖畠氏 そうですね。「とにかく歯科医師と話す」ことは大切だと思います。顔見知りの先生と廊下ですれ違ったら、声をかけて話をする。術前投与の薬剤を受け取りに薬剤部まで先生が来たら、やはり声をかけて話をする。そうすると、かなりの高確率で承諾を得られたりしました。

話し方などで工夫していることはありますか。

沖畠氏 しつこくならないよう注意しています。どの先生も忙しいので、短い時間で、わかりやすく、端的に伝えることを心がけています。

沖畠里恵氏と田頭保彰氏*(東京医科歯科大学病院薬剤部にて)

沖畠里恵氏と田頭保彰氏

処方抗菌薬の質に大きな変化

取り組みの成果について教えてください。どのような変化がありましたか。

沖畠氏 第3世代セフェム系からペニシリン系へ、処方抗菌薬の質が大きく変わりました。全診療科に対しASP活動を開始した2017年4月前後における比較で、第3世代セフェム系の月平均外来処方割合は有意に低下し、2015年度には50%だったのが、2021年度は月平均1%台で推移しました。一方、ペニシリン系の処方割合は有意に増加し、2021年度は月平均93%となりました。その他の広域抗菌薬の処方も減少傾向を認め、なかには院内採用が中止になった薬剤もあります。
 この成果は、医科と歯科の感染対策室が統合した際に報告し、その時ご一緒した本学統合臨床感染症学分野の田頭保彰先生*と相談して、Journal of Hospital Infectionに発表しました(図2)。
*東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 統合臨床感染症学分野講師

目に見えて違いますね。ということは、各抗菌薬の全体に占める割合も変わったのでしょうか。

沖畠氏 系統別経口抗菌薬の処方件数割合も、介入前後で大きく変わりました(図3)。

図2 東京医科歯科大学病院歯科外来におけるペニシリン系および第3世代セフェム系経口抗菌薬の処方割合(100抗菌薬処方あたり)の推移(2015~2021年度)

図2 東京医科歯科大学病院歯科外来におけるペニシリン系および
第3世代セフェム系経口抗菌薬の処方割合(100抗菌薬処方あたり)の推移
(2015~2021年度)

図3 東京医科歯科大学病院歯科外来における経口抗菌薬の系統別処方件数割合の推移(2015~2022年度)

図3 東京医科歯科大学病院歯科外来における経口抗菌薬の系統別処方件数割合の推移
(2015~2022年度)

歯科医師からの問い合わせにも変化

ほかに変化を感じたことはありますか。

沖畠氏 歯科医師からの問い合わせ内容が、かなり変わりました。例えば「こういう患者でこういう処置をして、こういう薬を使おうと思うのですが、これでいいですか」「アレルギーがあって飲めない薬があるのですが、どうしましょうか」といったように、処置内容や患者背景、服薬歴など、必要な情報をまとめたうえで相談してくれるようになりました。

先生方の認識も変わってきたのですね。

沖畠氏 なぜその抗菌薬を処方したのか、カルテに理由を書いてくれる先生もいます。薬剤部まで足を運んでくれる先生もいて、びっしり書き込みのあるノート持参で質問に来たり、他の先生たちも連れて話を聞きに来たり、ということもありました。また薬剤部に薬を受け取りに来た先生から、別の患者さんについて相談を受けることもあります。医科で受けた抗菌薬治療も含めて相談してくれる先生もいて、ずいぶん変わってきたなと思います。

歯学部学生や患者にもアプローチ

歯科医師のほかに啓発活動はしていますか。

沖畠氏 歯学部の学生が実習で薬剤部に見学に来ていたので、歯科に特化した感染症や耐性菌のレクチャーをしました。1グループ4~5名のうち、2名ぐらいは興味をもってくれました。その中には当院のスタッフになった人もいて、電話での問い合わせの際「以前レクチャーで聞いたのですが」と言われました。「覚えていてくれたのだな」と嬉しかったですね。

患者さんに対してはいかがですか。

沖畠氏 院内処方の薬を渡す時に、話をする機会があります。患者さんの中には「どうしてもこの薬じゃないと嫌だ」「この薬は飲んだことがないから不安だ」という人もいます。その場合、「今回はこれで出します」という形にはなるのですが、なぜこの抗菌薬を使わない方がいいのか、理由は説明するようにしています。抗菌薬を「効果が強い・弱い」でとらえている人が多く、興味をもって聞いてくれます。

今後の課題は処方そのものの必要性を見直すこと

今後取り組みたいことはありますか。

沖畠氏 「何を使うか」はほぼ定着したので、「そもそも本当に必要か」ということですね。ただそうなると、薬剤師だけでは判断できない部分も多いので、感染制御部の先生に土台を作っていただく必要があります。すでに着手しているのは、処方日数の短縮です。例えば親知らずの抜歯は1週間近い処方が多かったので、「もう少し短くなりませんか」ということは、少しずつ伝え始めています。

薬剤師によるASP活動について、アドバイスやメッセージをいただけますか。

沖畠氏 感染症専門医がいない規模の病院は、歯科医師との距離感もそれほど遠くないものと考えられます。その場合は、薬剤師が直接アプローチする方法が、いちばん実効性が高いと思います。最近は、中小の病院にも感染対策委員会が設置されていることが多いので、「薬剤師が活動することを周知して下さい」と、先にお願いしてしまうのも1つの方法です。なかには「それは病院としての方針なのか」と聞いてくる先生もいるので、「そうです」と答えられれば活動しやすいですよね。
 市中の調剤薬局の場合は、なかなか声をかけづらいかもしれません。ただ近隣の歯科医院の先生であれば、話す機会は必ずあるので、タイミングを見てお話するのがいいと思います。度々お願いするというより、何かの機会をうまく利用する感じですね。
 いずれにしても、見やすい資料なども用意して、できるだけ簡潔に話すことを心がけていただければと思います。

(このインタビューは2023年10月30日に行いました)

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