列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

AMR対策推進のまち・姫路市の取り組み~全国に先駆けて、自治体として啓発活動を推進~

2023年2月

このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策のさまざまな事例をご紹介しています。第21回で取り上げるのは、兵庫県姫路市の取り組みです。姫路市は2022年2月、「AMR対策推進のまち宣言」を行い、市をあげてAMR対策の啓発活動を行っています。まち宣言に至るまでの経緯や実際の取り組みなどについて、清元秀泰姫路市長、北窓隆子姫路市医監、そして姫路赤十字病院副院長の中村進一郎先生にお話を伺いました。

清元秀泰氏

清元秀泰氏
兵庫県姫路市市長

1988年香川医科大学(現香川大学)卒業。1992年同大学大学院修了、テキサス大学サンアントニオ校学術研究員、1995年香川大学医学部附属病院、2010年東北大学医学部医学部研究科、2011年同大学教授、2018年同大学客員教授を経て、2019年4月より現職。

北窓隆子氏

北窓隆子氏
姫路市医監

1986年香川医科大学(現香川大学)卒業。1988年厚生省入庁、2004年青森県健康福祉部長、2014年国立国際医療研究センター企画戦略局長、2015年新潟県副知事、2017年国立国際医療研究センター国際医療協力局長、2017年厚労省関東信越厚生局長、2019年9月より現職。

中村進一郎氏

中村進一郎氏
姫路赤十字病院副院長・第一内科部長兼肝胆膵内科部長

1993年岡山大学医学部卒業。1993年香川県立中央病院、1995年姫路赤十字病院、2008年岡山大学病院消化器内科助教、2017年同大学講師、2017年姫路赤十字病院肝臓内科部長、2019年4月より現職。2020年1月より岡山大学医学部医学科臨床教授を兼任。

基礎自治体の強みを活かし市民啓発を展開

代替開催を契機に自治体としてAMR対策を推進

はじめに、「AMR対策推進のまち宣言」を行うまでの経緯を教えてください。

清元氏 1つのきっかけは、2021年10月に第72回世界保健機関(WHO)西太平洋地域委員会*1を、姫路市で開催したことです。もともと2020年にWHO日本支部がある神戸市で開催される予定でしたが、新型コロナウイルス感染症拡大により、当市が肩代わりする形で翌年開催することになったのです。委員会ではAMRの問題も取り上げられ、関連イベントとしてオンライン国際シンポジウム「AMRという健康危機」を、AMRアライアンス・ジャパン*2、姫路市医師会・歯科医師会・薬剤師会、兵庫県看護協会西播支部などと連携して開催しました。
 本シンポジウムを通じて、AMRは今や、気づかぬうちに蔓延するサイレントパンデミックとして世界的な問題になっていることが、改めて浮き彫りになりました。これを機に、自治体としてもAMRについて学び、対策に取り組む必要があると感じ、まず2021年にAMRアライアンス・ジャパンに参画しました。

第72回世界保健機関(WHO)西太平洋地域委員会(2021年10月)

第72回世界保健機関(WHO)西太平洋地域委員会(2021年10月)

  • *1:日本を含む西太平洋地域におけるWHO加盟国の保健大臣や政府高官で構成される委員会。年次総会は毎年10月、各加盟国と事務局(マニラ)の持ち回りで開催される。第72回は2021年10月25~29日、姫路市においてハイブリッド形式で開催された。
  • *2:政策提言を目的として2018年11月に設立された、産学官民連携プラットフォーム。日本医療政策機構(HGPI)が事務局を務め、国内関連学会や医師会などの職能団体、製薬企業、日本製薬工業協会などで構成され、姫路市は唯一の自治体。

自治体で本アライアンスに参画しているのは姫路市だけですね。

清元氏 はい。AMR対策の推進にあたって、様々な知見の習得やネットワークづくりに有用と考えました。またAMR対策は医療従事者だけでなく、医療を受ける側の市民に対する周知・啓発も重要です。市民により近い立場にある自治体が取り組むことで、AMRに対する認識を深めるモデルになれないかという思いもありました。その決意を公表したのが、「AMR対策推進のまち宣言」です。

清元市長はもともと臨床医だったと伺いました。

清元氏 平成の時代は医師として働いていました。専門は腎臓内科や透析で、腎臓移植を受けた患者さんが多剤耐性菌のために亡くなる経験もしました。AMR対策は1つの診療科で対応できるものではない、市民の啓発も含めて大切だという認識は、当時からありました。

市民も巻き込みワンヘルスの観点からアプローチ

AMR対策推進のまち宣言の内容について教えてください。どんな点に留意されたのでしょうか。

清元氏 市民の皆様に、特に訴えかけたい部分が2つあります。1つは「一人ひとりがAMRの危険性と対策の重要性を認識し、知識や理解を深めることの大切さ」です。市民にとって最も身近な地方公共団体という利点を活かし、AMRの問題への市民参画の輪を広げていきたいと考えました。

もう1つは何でしょうか。

清元氏 「ワンヘルス・アプローチの視野に立ち取り組みを進める」です。抗菌薬はヒトだけでなく家畜や養殖魚にも投与され、環境や食物連鎖に影響を及ぼしています。医療というカテゴリーだけであれば、もっと広域に兵庫県がコントロールした方がいいのかもしれません。しかし住民の公衆衛生を司るのは、基礎自治体である姫路市です。総合行政を担う自治体として、今からAMR対策に取り組み、食品の安全も含め環境を整えていく必要があると判断しました。またAMRの問題は、国際的な観点から考える必要があります。そのため、「AMR対策推進のまち宣言」は日英2か国語で公表しました。

姫路市「AMR対策推進のまち宣言」 姫路市「AMR対策推進のまち宣言」

姫路市「AMR対策推進のまち宣言」

中村先生は姫路赤十字病院の医師として、また副院長として、まち宣言をどのように受け止めましたか。

中村氏 当院では2018年にAST(抗菌薬適正使用支援チーム)を結成し、様々な取り組みを行ってきました。また姫路市休日・夜間急病センターにおける小児への経口抗菌薬処方動向調査および適正使用に向けた介入も始めました1,2)。小児科領域というのは特殊で、お子さんの医療に対し親御さんの意見がかなり入ってきます。たとえば「風邪をひいて熱があるのに、抗菌薬を出してくれなかった」と、苦情が出ることが少なくありません。しかしそれは、むしろ適正な医療なんですね。抗菌薬を何にでも使うのが良い医療ではないという認識が市民の皆様に浸透していくことは、非常に重要だと考えています。そういう意味で、まち宣言は大変画期的なことだと思いました。

まず子育て世帯からAMR対策を啓発

AMR対策を推進するにあたり、どのような体制で取り組みましたか。

清元氏 北窓医監を中心に、健康福祉局地域医療課を担当部局としてスタートしました。当課が市内各セクションと調整を行い、全市的な施策推進に取り組んでいます。

北窓氏 はじめに市長からお話があった時、AMR対策は1つの医療機関が努力するというよりも、基礎自治体が旗振り役となって、医療から畜産漁業の分野まで推進するのにふさわしいテーマではないかと思いました。とはいえ、最初はやはり医療から入った方がわかりやすいのも確かです。そのため、医療関係の施策検討を行う当課が担当部局となって、様々な施策を進めていきました。

具体的な施策について教えてください。

北窓氏 AMRは、まだまだ市民に浸透している課題ではありません。そのため企画段階では、AMR対策を「どのような年齢層にPRするか」「いかに身近なツールでPRするか」に焦点を当て、活用できるツールを検討しました。その1つが、子育て世帯に配布している「子どもの急病ガイドブック」です。姫路市では以前から、子どもが生まれた全世帯を保健師が家庭訪問し、市の制度を説明したり子育ての悩み事を伺う「こんにちは赤ちゃん事業(乳児家庭全戸訪問事業)」を実施しています。訪問の機会を利用してAMR対策を啓発できれば効果的ではないかと考え、説明資料として使っている本ガイドブックに、新たにAMR対策の啓発ページを追加しました。

姫路市「子どもの救急ガイドブック」 姫路市「子どもの救急ガイドブック」

姫路市「子どもの救急ガイドブック」

「抗菌薬はかぜの時にのんでも効果はありません」とはっきり書いてありますね。

北窓氏 はい。本ガイドブックは子どもが急に病気になった時の対処法や、関係機関の連絡先をまとめたもので、子育て世帯ではよく活用されているようです。親御さんが頻繁に目にする資料を利用して、まずはAMRについて知ってもらおうと考えました。

同様のガイドブックは他の自治体も出しているようですが、AMRのページがあるのは珍しいのではないですか。

清元氏 たぶん初めてではないかと思います。私自身も臨床医時代に経験がありますが、親御さんの抗菌薬神話には根強いものがあります。「熱が出ているのに、なぜ抗菌薬を出さないのか」と言われ、そのたびに説明するのですが、納得されない方も多いのです。しかし抗菌薬の安直な使い方が積み重なれば、地域全体に影響が及び、日和見感染で貴重な命を失うことにもつながりかねません。ガイドブックにAMRの項目を設けたのは、大きな意義があると考えています。

基礎自治体だからこそできる市民啓発を

市民を対象とした、その他の取り組みについても教えてください。

北窓氏 2022年度は、AMR対策推進月間である11月の1カ月間、市役所と商業施設内でデジタルサイネージによるAMR情報の放映を行いました。同じく11月に開催された農林漁業まつりでは、AMR対策の啓発ポスターを展示しました。このイベントは、市民に農林水産業への理解を深める目的で毎年開催されており、昨年は延べ1万人以上の方が来場されました。また広報ひめじ(発行部数約22万部)の11月号で、AMRを特集する記事を掲載しました。

デジタルサイネージによるAMR情報(2022年度AMR対策推進月間) デジタルサイネージによるAMR情報(2022年度AMR対策推進月間)

デジタルサイネージによるAMR情報(2022年度AMR対策推進月間)

やはり市民啓発は大きなポイントといえそうですね。

北窓氏 われわれは一軒一軒世帯を回って啓発することはできませんが、いろいろな部署や団体とつながって、AMRについてわかりやすい形で届けることはできます。そしてこうした啓発は、国よりも基礎自治体の方がむしろ得意なフィールドでもあります。われわれ姫路市の取り組みが役に立つこともあるのではないかと考えています。

清元氏 がんや心臓病などと違って、AMRは身近に危機感を抱きにくい課題です。市民の皆様がAMRを知り、正しい知識をもって行動できるよう、教育の場を提供していくことが大切だと考えています。正しい知識が広がり不必要な抗菌薬を求めることがなくなれば、医師はその都度説明しなくてもよくなります。説明に要した時間が大幅に減り、医師をはじめとする医療従事者の働き方改革にもつながると思います。

次は...切れ目なく息の長い取り組みで安心・安全なまちをつくる▶

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