列島縦断AMR対策 事例紹介シリーズ ~地域での取り組みを日本中に“拡散”しよう!~

薬剤師が取り組む抗菌薬適正使用支援活動と感染症教育プログラムOCTPAS

2024年8月

このコーナーでは、薬剤耐性(AMR)対策のさまざまな事例をご紹介しています。第25回で取り上げるのは、薬剤師が取り組む抗菌薬の適正使用推進(AS)活動です。池垣美奈子先生は、大小2つの病院で薬剤師によるAS活動に携わった後、現在は大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)のメンバーとして、全国に向けて、薬剤師・薬学生のための感染症教育プログラムOCTPASを発信しています。AS活動からOCTPASに至るまでのご経験や取り組みについて、同大学附属病院感染制御部の医師・松尾裕央先生、日馬由貴先生、同感染制御部薬剤師・町田尚子先生も交えてお話を伺いました。

CiDER; Center for Infectious Disease Education and Research
OCTPAS; Osaka CiDER Training Program of Antimicrobial Stewardship

池垣 美奈子先生(大阪大学大学院医学系研究科 変革的感染制御システム開発学寄附講座 寄付講座助教、感染症総合教育研究拠点(CiDER)人材育成部門)
2008年徳島大学薬学部卒業、同年兵庫県立加古川医療センター薬剤部、2015年兵庫県立尼崎総合医療センター薬剤部を経て、2023年より現職。

松尾 裕央先生(大阪大学医学部附属病院 感染制御部 副部長・講師、同 感染症内科 診療局長、感染症総合教育研究拠点(CiDER)人材育成部門)
日馬 由貴先生(大阪大学医学部附属病院 感染制御部・助教、同 感染症内科、小児科、感染症総合教育研究拠点(CiDER)人材育成部門)
町田 尚子先生(大阪大学医学部附属病院 感染制御部 薬剤師)

(左より 日馬由貴先生、松尾裕央先生、池垣美奈子先生、町田尚子先生)

専門医不在の病院でAS活動を開始

きっかけはバンコマイシンのTDM(薬物血中濃度モニタリング)

はじめに、ASに関わるようになった経緯を教えてください。

池垣氏 2008年に新卒で兵庫県に入職し、最初に配属されたのが兵庫県立加古川病院でした。ちょうど加古川医療センターとして新築移転し、救命救急センターを開設することが決まっており、入職して2年目に救命救急センターの配属になりました。
 当時、ICUに薬剤師がいるのはまれで、医師からも「ICUにいてもらう必要はない」と言われました。薬剤部長の強い意向で行ったものの、求められていた訳でもなし、決まった業務もなく、重症患者ばかりで何をしているかもわからない。毎日「どうしよう」「どうしたらいいんだろう」と悩んでいました。

池垣 美奈子氏

1人だけ配属されたのですか。

池垣氏 先輩と2人体制でしたが、勤務は交替で1人ずつです。ほとほと困って手を出したのが、バンコマイシンのTDMでした。ICUの患者は、重症度が高く、臓器障害や生理学的変化をみとめるなどTDMによる投与設計が不可欠です。もちろん、重症患者のTDMは一筋縄ではいかないこともあり怖さはありましたが、何より「このままではダメだ、薬剤師として何か役に立たなければ」という思いがありました。それで、頼まれてもいないのにTDMを行い、主治医に薬剤師の考えをプレゼンテーションすることをし始めたのです。

抗菌薬や感染症に関する相談が増加

バンコマイシンのTDMは以前から行っていたのですか。

池垣氏 はい。ただ、当時は投与量から血中濃度採血のタイミングまですべて、ICUの医師が決めており、薬剤師はまったく関与していませんでした。医師にしてみれば自分たちでやるのが当たり前で、薬剤師が病棟でそんなことをやってくれるとは思っていなかったようです。
  TDMがきっかけで医師と親しく話すようになり、バンコマイシン開始時は医師から薬剤師に連絡があり、初回投与量や血中濃度測定のタイミングを決定し、検査オーダも代行入力するという、薬剤師主導の運用に変えていきました。運用はICUから始めて、その後全病棟に拡大しました。

すべての病棟で病棟薬剤師がTDMを担うということですか。

池垣氏 はい。そこから薬剤部や病院の雰囲気が変わっていきました。TDMを始めたら、抗菌薬のことで困った時は医師が病棟薬剤師に相談してくるようになったのです。一方、薬剤師は自分が責任をもってTDMをしなければいけないので必死で勉強し始めました。医師から他の抗菌薬のことも聞かれるのでさらに勉強して、全体で「感染症の勉強をしよう」という空気感が出てきました。

薬剤師は何名いたのですか。

池垣氏 10数名です。ちょうどその頃、神戸大学医学部附属病院でBig gunプロジェクトが始まり、「うちでもやろう」ということになりました。ICT(Infection Control Team; 院内感染対策チーム)を兼務している先輩薬剤師を中心に行なっていましたが、限られた時間の中1人ですべてを完結することは難しく、そこで病棟薬剤師と協力する運用となりました。
 例えば、毎日病棟毎にメロペネム投与患者一覧を掲示し、各病棟薬剤師が毎日の病棟業務の中で全例チェックし使用の妥当性を自分なりに評価する、判断がつかなければICT担当薬剤師に相談、より適切な抗菌薬へ変更可能であれば主治医とディスカッションする、ということをやっていました。すると、当時は感染症内科医が不在だったので、感染症に関する質問がどんどん薬剤部に来るようになり、その流れで抗菌薬適正使用に皆で取り組むようになっていきました。

※広域抗菌薬処方の院内チェックシステム。AMR対策事例紹介シリーズ第8回参照

答え合わせができない怖さ

他の薬剤師からの反発などはなかったのですか。

池垣氏 特になかったのは幸せでした。TDMを薬剤師主導にしたことで「勉強しないとやっていけない」という危機感もあったと思います。また、病棟で医師から相談され、薬剤師なりの考えを一生懸命考えて治療に積極的に関与し、医療に貢献できることはすごくやりがいがあったのではないかと考えています。もちろん、病棟薬剤師が1人で背負うのではなく、判断に迷ったり、困ったりした時は必ずバックアップに入るようにしていました。
 また病院の規模が小さいので、各診療科と薬剤部の垣根も低く、お互い顔の見える関係だったので、コミュニケーションが取りやすく、病院としてのまとまりもありました。ただ治療に関しては、「本当にこれでいいのか」という怖さがずっと付きまとっていました。

怖さ、ですか。具体的にはどのようなことでしょうか。

池垣氏 どの症例も主治医と薬剤師で話し合って決めていましたが、どの薬剤を使うか、投与量はどうするか、そもそも診断は合っているのかなど、判断が正しかったのか専門的な答え合わせができないというのが、一番恐ろしかったことです。感染症の専門医が不在で、薬剤師がAS活動を引っ張っている病院では、薬剤師はこうした恐怖と隣り合わせなのではないかと想像します。

専門医と症例をふりかえる検討会を毎月開催

そこは折り合いがつけられたのですか。

池垣氏 松尾裕央先生との出会いが転機になりました。県立病院全体の薬剤師向け勉強会に、当時神戸大学の感染症内科医だった松尾先生が、講師としていらっしゃったのです。私は当直で参加できず、難渋している症例について質問を託しました。そうしたら、「これは確かに難しいですね」と、松尾先生より直接メールをいただきました。専門医でも判断が難しい症例だとわかったら安心して、「とにかく丁寧に患者さんを診よう、そうすれば何とかなる」と考えられるようになりました。

たしかに答えがわかれば心強いと思います。

松尾 裕央氏

池垣氏 この質問がきっかけで、月1回薬剤部で開催していた症例検討会に、松尾先生がボランティアで来てくださることになりました。それまで薬剤師だけで、わからないなりにふり返っていた検討会でしたが、「こう考えるといい」「こういう勉強をするといい」と、指導していただけるようになったのです。

松尾氏 「症例検討会+関連テーマについて講義」というパターンで、毎月開催していましたね。駅前の居酒屋の個室を貸し切って、スライド*上映できるようにしていました。スライドは事前に送られてくるのですが、これが結構本格的な内容で、当日のプレゼンテーションも気合が入っていました。

*スライドは個人情報を削除して作成

皆を巻き込み医師ともつながりながらAS活動を推進

症例検討会の準備にはかなり力を入れたのですか。

池垣氏 実際に症例を担当した薬剤師がスライドをまとめ、事前にプレゼンテーションの練習もしていました。薬剤師は医師ほど症例プレゼンテーションの機会が多くなく、多くの情報から必要な情報だけをまとめて問題点を抽出し、分かりやすく相手に伝えることに慣れていません。しかし、医師とディスカッションする上でこの能力は必要不可欠ですので、その訓練にもなると思い、みんなで取り組んでいました。また、実際に担当した症例をもう一度自分で丁寧に振り返ることで、より知識が身に付くと考えました。

検討会の様子を見ると、ずいぶん盛り上がっていますね。

池垣氏 薬剤師はほぼ全員参加し、自分の担当症例ではなかったとしても、もし自分が担当していたらという目線で、みんなで疑問点を抽出していきました。そして最終的に松尾先生からご意見をいただきました。毎月の検討会は本当に面白く、皆を巻き込むことができて、だからこそ病院全体でASを進めていけたのだと思います。私たちの活動をサポートしてくださった松尾先生には感謝しかありません。

居酒屋で開催という発想がまたユニークです。

池垣氏 この居酒屋勉強会以外にも、医師と仲良くなった方が診療にも関わりやすいだろうと、各診療科と薬剤部の懇親会もちょくちょくセッティングしていました。新人薬剤師を連れていけば、翌日から医師と話しやすくなり、病棟業務にもスムーズに入っていけます。
 実際、医師から抗菌薬について聞かれることが増え、培養やグラム染色をオーダーしてくれる医師もいました。薬剤師にしてみれば、医師から頼られると楽しいですし、やりがいにもなります。

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