薬剤耐性が拡大する要因
抗菌薬投与方法
「耐性化のメカニズム」詳細で述べた通り、抗菌薬が選択圧として働くことによって耐性菌以外の細菌が減少し、耐性菌が相対的に増加することによって薬剤耐性菌は増殖の機会を得ます。体内が「非耐性菌に不利で、耐性菌に有利な環境」であればあるほど、耐性菌は増殖しやすいということです。
この環境を作り出す要因のひとつは、広域抗菌薬の投与です。例えば、アモキシシリンよりもフルオロキノロンのほうが幅広い細菌に作用するため、多くの非耐性菌が抗菌薬の影響をうけ、数が減少してしまいます。つまり、「非耐性菌に不利」な体内環境をつくってしまいます。
一方、抗菌薬の過小投与(量や期間)も問題です。薬剤耐性菌は、耐性であっても高い濃度の抗菌薬に曝露されれば増殖抑制できることが多いのですが、使用される量や期間が少ないと薬剤耐性菌だけが増殖できる環境をつくってしまうことになります。つまり、「耐性菌に有利」な環境です。菌の発育を妨げるために必要な最小の濃度(最小発育阻止濃度:Minimum Inhibitory Concentration = MIC)と、耐性菌の出現を抑えられる濃度(耐性菌出現阻止濃度:Mutant Prevention Concentration = MPC)の間の濃度は、耐性菌選抜域(Mutant Selection Window = MSW)と呼ばれ、理論的に最も耐性菌をつくりやすい濃度域です。細菌がこの濃度域の抗菌薬にさらされるのを避けるため、十分量、十分期間の抗菌薬投与が必要です。
院内感染対策の不備
薬剤耐性菌はヒトからヒトへと伝搬します。医療者を介して広がっていく可能性があるため、薬剤耐性菌による感染症を発症している、または保菌が判明している患者に対しては、慎重な標準予防策、接触予防策が必要です。特に手指衛生は伝搬防止の鍵ですので、WHOの提唱する5つのタイミング[1]に準拠した正しい手指衛生を行う必要があります。また、薬剤耐性菌蔓延国からの旅行者、帰国者はその国内に広がっている耐性菌(特にカルバペネム耐性腸内細菌科細菌)を保菌していることがあるため、特別な注意が必要です。対応は今のところ各病院にゆだねられていますが、薬剤耐性菌保菌のチェック、検査結果が判明するまでの早期対応を考慮するなど、各病院で注意しておく必要があります。
また、薬剤耐性菌はヒトから環境へも広がります。薬剤耐性菌をもつ患者が入院した部屋には多くの耐性菌が定着していることが知られていますし[1]、抗菌薬を使用した患者のベッドを利用する次の患者はクロストリジウム・ディフィシル感染を起こしやすいことがわかっており、これは環境にクロストリジウム・ディフィシルが残存しているためであることも報告されています[2]。ここでも標準予防策、接触予防策が重要なことはもちろんですが、患者周辺環境は汚染されているもの、という意識をもって行動することが大切です。
Five moments for hand hygiene(WHO)
World Health Organization(WHO): Five moments for hand hygiene
関連文献
- World Health Organization(WHO): Five moments for hand hygiene
- Lax S, et al.: Bacterial colonization and succession in a newly opened hospital. Sci Transl Med. 2017 May 24;9(391). pii: eaah6500. doi: 10.1126/scitranslmed.aah6500.
- Freedberg DE, et al.: Receipt of Antibiotics in Hospitalized Patients and Risk for Clostridium difficile Infection in Subsequent Patients Who Occupy the Same Bed. JAMA Intern Med. 2016 Dec 1;176(12):1801-1808. doi: 10.1001/jamainternmed.2016.6193.